見出し画像

アニメと夕日

今季(4月)スタートのTVアニメも折り返し点を過ぎ、それぞれの物語も佳境に差し掛かるタイミングです。自分がアニメーション作品を見る場合はもちろん一観客として作品を楽しんでいますが、仕事柄やはり撮影やエフェクトに注目して見てしまうところがあります。今期は『スキップとローファー』『僕の心のヤバいやつ』が目につきました。両作品とも学校を舞台にした思春期の若者達の心のあやを描いた作品で、アクションもののようなエフェクトの派手さはありませんが、キャラクターの心情を伝えるしっかりとした効果と表現を撮影で作り出していると感じます。

Real Soundのインタビュー記事では制作にあたり、作品のルックを作り上げる段階でどのような事をしていたかなどが語られています。絵的にリアル方向の作品ではありませんが、画作りにおいてはある写真家の作品の雰囲気を参考にしていたなど、なかなか興味深いです。


『僕の心のヤバいやつ』はサイトのトップページからして光の印象を強く押し出していて方向性がわかりやすいですね。

こちらはこの作品の撮影監督、峰岸氏によるTwitterの投稿です。撮影のビフォア&アフターがよくわかります。最近はこのようなショットを上げてくれる撮影の方も多いので大変参考になります。

上のショットでもわかりますが『僕の心のヤバいやつ』は光の表現を効果的に使用した演出が多い作品です。教室の窓から差し込む太陽の光、放課後の図書室の夕日、夜の街灯やイルミネーション。そして光が生む影。
物語は陰と陽を体現した二人のキャラクターを中心に進みますが、光と影の演出がそれぞれのキャラクターの性格やクラス内での立場を示すシーン、心情表現などにに用いられています。
その中でも特に二人の関係がグッと近づく出来事を描くシーンで強い夕日が使用されています。全体から見ると強い夕日のシーンはそれほど多くはないのですが、作品の印象として強く残ります。

やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』シリーズの2期と3期も夕日のシーンの印象が強く残る作品です。部活動を軸に進む物語の中で登場人物たちの複雑な人間関係に関わる重要なシーンの多くに夕日が使われています。物語で描かれる季節が秋~冬という日の短い時期になっているのもポイントです。

上記の作品以外でもアニメでは比較的夕日のシーンが多いと思いますが、とりわけ学園物はプライベートな時間を描く場合に放課後や部活動での描写が中心となることが多く、「青春と夕日」という食い合わせの良さも相まって必然的に夕方のシチュエーションも増えるのではと思います。ドラマが動くのはいつも放課後ですね。
またアニメではカット数が多くても問題なく夕日のシーンを構築できます。これが実写の撮影であれば場所の制約や夕日の出ている短い時間での撮影など制限があり大変です。夕日を余裕をもって有効に使えるのもアニメならではと言えます。


夕日はその色彩やコントラストの美しさで見るものに強い印象を与えます。しかし想像以上に人間の心にその美しが侵入してくるものでもあるようです。

フランクルの『夜と霧』の一節に強制収容所に移送される人々が列車の鉄格子のぞき窓から見える夕日に輝く山々の風景をうっとりと眺めているという描写があります。他にも過酷な強制労働の作業中に荒野に沈む美しい夕日に心を奪われる話も出てきます。絶望的な状況の中でも関係なく存在する夕焼けが見せる風景の美しさに感動できる気持ちを人は持てるということを知った時には正直驚きました。
それほどまでに夕日というのは強く人の感情を揺さぶるもののようです。

夕日を見るだけで感傷的な感情を持つ人は多いでしょう。また子供の頃や学生時代の思い出と強く結びついた経験を持つ人も多くいるでしょう。夕日は無条件にそういった感情や記憶にアクセスすることで人の心を揺さぶることができる力をもっているのではないでしょうか。多くの人が持つ心の扉を開けることができるマスターキーのような存在なのかもしれません。
加えてアニメーション表現で夕日を用いるということは、過剰な美しさを持ち込むことで半ば強制的に日常を再認識をさせることで感情を高揚させる効果がありそうです。


アニメにおいて夕日が多く使われるのは先述のように物語上の必然や映像美、また煽情的に感情を高める重要な手段として機能するためという事が考えられますが、もう一つの理由として特殊な時間帯という事があるのではないかと考えています。
夕方は昼と夜との境界です。非常に美しいけれど限られた時間がエモーショナルな感情と緊張感を生むと同時に、昼と夜=明と暗=動と静といった対立する要素が入り交じり、どちらともつかない狭間の時間が対立軸を調停し、程よい曖昧さをもたらします。この曖昧な空間と時間が迷いを表現する時間帯として用いられることは多々あるように思えるのです。
夕方の美しさや感傷的雰囲気が画面を盛り上げるだけではなく、感情を絵で表現しなければならないアニメの限界を補完して揺れる心を表現するには”昼と夜の境界”という曖昧な時間が持つ特殊性が大きく作用するというのも一つの答えなような気がしています。
『僕の心のヤバいやつ』でも結ばれそうで結ばれない曖昧な関係性が繰り返し描かれますが、その背景としての夕日というのは最適なシチュエーションなのかもしれません。

ちょっとした思いつきではありますが、今後も夕日のもつ効果に注目して注目してアニメを鑑賞してみようと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?