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認識から思考へ「単純判断」〜中学生からの論理学入門 付録

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 私たちの思考は「概念」を認識することから始まる。概念とは「木」や「大きい」などの、特定のモノを他のモノから区別するための名称のことである。

 概念の認識の次の段階として、私たちは概念と概念との間に成り立つの関係を捉えるようになる。

 私たちは木々を見たとき、それを「木」(概念)と認識すると同時に、それを「植物だ」とか「緑色だ」とか思うはずだ。これを言葉にするとこうなる。

 木は植物だ。
 木は緑色だ。

 植物や緑色もまた木と同様に概念なので、この文章は概念と概念の関係を述べたもの、ということになる。このような文章を判断と呼ぶ。

喫煙者は早死にする?

 以下のやりとりを見てほしい。

A:喫煙者は肺ガンになって早死するらしいよ。
B:うちの祖父は毎日タバコ吸ってるけど何の病気にもなってないし今年で80歳だよ。

 最初のAの「喫煙者は肺ガンになる」というのはまさに判断である。Aの主張である喫煙は肺ガンになるというのは今や常識だ。しかし、Bの話によると喫煙者でも肺ガンにならないように思える。Aの判断は間違っているのだろうか? それともBの言っていることがおかしいのだろうか?

 判断について明確に理解していれば、これには明快に回答できる。答えは記事の末尾に載せた。

というわけで、本記事では判断とは何かについて詳しく説明していく。

判断とは何か?

 判断は「SはPである」といった文章のことだ。Sは Subject(主語)、Pは Predicate(述語)の略である。SとPには何らかの概念が入る。例えばS=犬、P=動物などだ。

真と偽

 判断には正しいものと間違ったものがある。論理学では、判断が正しいことを、間違っていることをと呼ぶ。判断は真または偽のいずれかである(注1)。

注1)「1年後の富士山山頂の天気は晴れである」という判断は、現在はわからないというだけで、真または偽のいずれかであることに変わりない。「明日晴れたらいいのに」という文は判断ではない。判断ではない文は論理学の対象外である。
 正しい推論というのは、推論の形式が正しく、かつ推論の前提となる判断が真であることが条件だった(参照:論理的思考とは何か?〜中学生からの論理学入門1)。そのため、判断が真であるか偽であるかは、推論の正しさを左右する。判断は推論における血液のようなものなのだ。

最も単純な「定言判断」

定言

 定言とは「または」とか「もし」のような条件をつけずに単に「〜である」と断定することをいう。このような単純に断定する判断のことを単純判断定言判断という。以下のような文章がそうである。

 SはPである。

 上で挙げた「喫煙者は早死にする」も定言判断だ。
 定言判断は判断の中で最も単純な構造をしており(注2)、「単純判断」と呼ばれる。定言判断は概念と概念の関係を直接示している。

注2)定言判断を「または」で連結すると「選言判断」、定言判断を「もし」で連結すると「仮言判断」になる。これらは2つ以上の定言判断が組み合わさった複雑な判断であり「複合判断」と呼ばれる。

全称と特称

 判断では、概念に「一部の」という接頭語をつけることにより、概念の適用範囲を限定することができる。適用範囲を限定せずに用いる場合は「全ての」をつける。

図1:全ての羊と一部の羊

 「全てのPはSである」という主語が全称である判断を全称判断、「一部のPはSである」という主語が特称である判断を特称判断と呼ぶ(注3)。

 日常会話では全称と特称はしばしば省略されるので注意が必要である。例えば、以下の判断は全称か特称どちらだろうか?
※ 解答は記事の末尾に載せた。

■ 全称特称クイズ

  1. 卵を産む「哺乳類」がいる。

  2. 「国民」の理解が進んでいない。

  3. 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、「国民」固有の権利である。

 冒頭に挙げた「喫煙者は肺ガンになる」という判断も全称・特称が省略されていることに気付いただろうか。

注3)「富士山」や「ソクラテス」などの固有名詞が主語となる判断はこれを区別して単称判断と呼ぶこともある。

肯定と否定

「SはPである」という判断を肯定判断、「SはPでない」という判断を否定判断と呼ぶ。

定言判断の種類

 定言判断は、全称と特称、肯定と否定、の組み合わせによって以下の4パターンのみ存在する。

(1)全てのSはPである。 (全称肯定判断)
(2)全てのSはPでない。 (全称否定判断)
(3)一部のSはPである。 (特称肯定判断)
(4)一部のSはPでない。 (特称否定判断)

(1)全称肯定判断:全てのSはPである。

全てのSはPである」という形式の判断は全称肯定判断と呼ばれる。全称肯定判断の場合のSとPの関係を図2に示した。

図2:全称肯定判断におけるSとPの関係

 全称肯定判断では、概念(の適用範囲)はP(の適用範囲)に含まれている(もしくは一致する)。

(2)全称否定判断:全てのSはPでない。

全てのSはPでない」という形式の判断は全称否定判断と呼ばれる。全称否定判断の場合のSとPの関係を図3に示した。

図3:全称否定判断におけるSとPの関係

 全称否定判断では、SはPとは重なりが全くない

(3)特称肯定判断:一部のSはPである。

一部のSはPである」という形式の判断は特称肯定判断と呼ばれる。特称肯定判断の場合のSとPの関係を図4に示した。

図4:特称肯定判断におけるSとPの関係

 特称肯定判断では、SとPは一部が重なっている

(4)特称否定判断:一部のSはPでない。

一部のSはPでない」という形式の判断は特称否定判断と呼ばれる。特称否定判断の場合のSとPの関係を図5に示した。

図5:特称否定判断におけるSとPの関係

 特称否定判断は「PでないSが存在する」という状況である。
 また、特称否定判断では、SとPは一部が重なっている

定言判断の真偽

 上で紹介した4種の定言判断のSとPに実際の概念を当てはめてみよう。当てはめた概念によって判断の真偽が決まる。ベン図を書いて確認すれば真偽の判断は容易なはずだ。

(1)全称肯定判断:全てのSはPである。
・真となる例:全ての犬は動物である。
・偽となる例:全ての犬は飼育動物である。(野犬もいる)

(2)全称否定判断:全てのSはPでない。
・真となる例:全ての犬は猫でない。
・偽となる例:全ての犬は飼育動物でない。(飼い犬がいる)

(3)特称肯定判断:一部のSはPである。
・真となる例:一部の犬は飼育動物である。
・偽となる例:一部の犬は動物である。(犬は一部でなく全て動物)

(4)特称否定判断:一部のSはPでない。
・真となる例:一部の犬は飼育動物でない。
・偽となる例:一部の犬は動物でない。(動物でない犬は存在しない)

 当たり前だが、真偽を誤ると間違った判断を下すことになる。
 今挙げた犬や動物の例は簡単だが、抽象的な判断になるとこう簡単にはいかなくなる。例えば、「S=鎖国、P=国益」などはどうだろう? これは真偽が明確ではないはずだ。容易には真偽がわからない。
 このような抽象的で真偽が明確でない判断は、具体的で真偽が比較的明確な判断を積み重ねて考察していく必要がある。この過程のことを推論とよぶ。科学の活動や日常生活はこの推論の連続で成り立っている。

推論のリンク〜coming soon〜

「SはPである」を「=(イコール)」とするのは危険

 ここで、当たり前だが重要なことを強調しておきたい。「SはPである」と言うと「=(イコール)」すなわち完全一致を意味するように聞こえるが、それはとても危険だ。図2を見るとわかる通り、全称肯定判断は「含む」を意味している(図4の特称肯定判断は完全一致である)。

 チャットなどで日常会話をしていると「=」はいい加減に使ってしまいがちだ。
 例えば「研究者は好奇心旺盛である」という内容は「研究者=好奇心旺盛」と書きたくなる。同様に「子供は好奇心旺盛」を「子供=好奇心旺盛」と書くと「研究者=好奇心旺盛=子供」すなわち「研究者=子供」になってしまう。
 本来の関係をベン図で書くと以下のようになる。

図6:研究者と子供と好奇心旺盛の関係

解答

喫煙者は早死にする?

 この例は全称と特称が省略されていることによって混乱を招いている。全称か特称かで「喫煙者は早死にする」という判断の真偽が変わる。全称判断と捉えるならば真、特称判断なら偽である。

 まず、Bの判断「一部の喫煙者(祖父と祖母)は早死にしない」をベン図で示してみよう。これは特称否定判断であるので図7のようになる。

図7:一部の喫煙者は早死にしない。

 Aの判断が全称判断の場合「全ての喫煙者は早死にする」となる。ベン図で示すと図8のようになる。

図8:全ての喫煙者は早死にする。

これは図7と明らかに違っている。(図7が正しいのでと)これは偽となる。

 特称判断の場合「一部の喫煙者は早死にする」となる。ベン図で示すと図9のようになる。

図9:一部の喫煙者は早死にする。

 このベン図の「喫煙者」と「早死に」の関係は図7と一致する。

全称特称クイズ

  1. 卵を産む「哺乳類」がいる。
    → これは一部の哺乳類について述べている特称判断である。

  2. 「国民」の理解が進んでいない。
    → 一部の国民について述べている特称判断である。

  3. 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、「国民」固有の権利である。
    → すべての国民の権利について述べている全称判断である。

参考文献

鯵坂真、梅林誠爾、有尾善繁(1987)『論理学―思考の法則と科学の方法』世界思想社
第2章「伝統的形式論理学」

山下正男(1985)『論理的に考えること』岩波ジュニア新書

前回:概念

次回:選言判断と仮言判断

補足

周延と不周延

 定言判断において、主語Sは全称/特称が明示されているのに、述語Pは明示しなくていいの? と思った方がいるかもしれない。実は、判断の{肯定/否定が決まれば述語Pは自動的に「全て」か「一部」かが決まる

 肯定判断では、Pは常に「一部のP」について言及される。このとき、概念Pは判断において適用範囲が明確に定まらない。このことをPが包まれていない、または不周延であると言う。
 一方、否定判断では、Pは常に「全てのP」について言及される。このとき、概念Pは判断において適用範囲が明確に定まる。このことをPが包まれている、または周延されると言う。
 4種の定言判断のSとPの周延関係を示すと以下のようになる。

(1)全称肯定判断 → S:周延  P:不周延
(2)全称否定判断 → S:周延  P:周延
(3)特称肯定判断 → S:不周延 P:不周延
(4)特称否定判断 → S:不周延 P:周延

対当関係

(1)と(4)、(2)と(3)は全称と特称、肯定と否定が共に逆になっている。それによって概念の周延関係もSとPで全く逆になっている。これらは矛盾対当とよばれる関係にある。これは
(1)と(3)、(2)と(4)は、全称と特称の違いがある。全称と特称は量が異なる判断といえるため、これらの大小対当とよばれる。大小対当はSの周延関係が異なる(Pの周延関係は同じ)。
(1)と(2)は肯定と否定の違いがある。否定と肯定は質が異なる(反対である)判断といえるため、これらは反対対当とよばれる。反対対当はPの周延関係が異なる。
(3)と(4)も肯定と否定の違いがあり、Pの周延関係が異なっている。これらは少反対対当とよばれる。

 対等関係を図10にまとめる。

図10:対当関係

 少しわかりにくくなってきたかもしれないので、図11に具体的な定言判断をあてはめた。

図11:対当関係の具体例

全ての犬は動物である」と矛盾の関係にある判断は「一部の犬は動物でない」である。
 矛盾関係のは否定を意味するので、「全ての犬は動物である」の否定は「一部の犬は動物でない」となる。なんとなく「全ての犬は動物でない」が否定であるように思えるが論理学では間違いとなる。詳しくは以下の記事を参照して欲しい。

〜否定の記事 coming soon〜

対当関係の真偽

 なぜこれらの対当関係を紹介したか? それは、対当関係には真偽について一定の法則が成り立っているからである。この法則を知っていれば、ある判断の真偽がわかれば、そこから自動的に別の判断の真偽を知ることができる。これを直接推論と呼ぶ。
 ただし、これらの法則は覚える必要はない。ふーんそうなんだ、くらいに読み飛ばしてほしい。毎回ちゃんとベン図を書いて真偽を確認すれば済むためだ。ここでは、概念や判断の法則を扱う論理学の役割を強調するためにあえて紹介する。

(A)矛盾対当
 矛盾対当にある判断は、真偽も逆になっているというスッキリした関係にある。すなわち以下の法則が成り立っている。

法則A:一方が真/偽のとき、他方(矛盾)はつねに真/偽となる。

全ての犬は動物  である。() ↔ 一部の犬は動物  でない。(
一部の犬は飼育動物でない。() ↔ 全ての犬は飼育動物である。(

矛盾対当の具体例

(B)大小対当
 
大小対当は全称か特称、真か偽で4パターンに分かれる。

  • 法則B−1:全称が真のとき、特称もつねに真である。(個別化の推論)

  • 法則B−2:特称が偽のとき、全称もつねに偽である。(個別化の推論の対偶)

全ての犬は動物である。() → 一部の犬は動物である。(
一部の犬は動物でない。() → 全ての犬は動物でない。(

個別化の推論の具体例

 個別化の推論は、推論ではしょっちゅう用いる。とくに科学においては一般的な法則(=全称)を、個別の現象(=特称)によって検証または応用する場合に用いる。一般的な法則が真ならば、そこから予測される個別の現象は必ず真となるはずである。もし予測された現象が偽となったら、一般的な法則も偽となる。

  • 法則B−3:特称が真のとき、全称は不定である。(帰納推論) 

一部の犬は動物  である。(真) → 全ての犬は動物  である。(不定)(本例では真)
一部の犬は飼育動物でない。(真) → 全ての犬は飼育動物でない。(不定)(本例では偽)

帰納推論の具体例

 このケースでは、全称は真偽どちらにもなりうることがわかる。

 帰納推論は、個別の現象の観察(=特称)から、一般的な法則(=全称)を導く場合に用いる。

 あれ? でもこれって真偽不明なのでは……? と思った人は鋭い。
「何度実験してもリンゴは地面に落ちる」からといって「リンゴは常に地面に落ちる」かどうかは不明なのだ。真となる特称判断をいくら集めても全称の真偽は不定であるためだ。
 しかし科学では法則を見つけるときには常にこの推論をしている。では科学は論理的には間違った推論をしているのだろうか?
 実は科学は「仮説と反証」という形で厳密性を担保しているのである。仮説を反証するという行為は法則B−1,B−2にあたり、真偽が確定するため論理的に厳密な取り扱いができる。詳しくは以下の記事を参照されたい。

〜仮説と反証の記事がcoming soon〜

  • 法則B−4:全称が偽のとき、特称は不定である。

全ての犬は飼育動物でない。(偽) → 一部の犬は飼育動物でない。(不定)(本例では真)
全て
の犬は動物  でない。(偽) → 一部の犬は動物  でない。(不定)(本例では偽)

 特称は真偽どちらにもなりうることがわかる。

(C)反対対当

法則Cー1:全称において、一方がのとき、他方(反対)はつねに偽である。

全ての犬は動物である。(真) → 全ての犬は動物でない。(

反対対当の具体例1
  • 法則Cー2:全称において、一方がのとき、他方は不定である。

全ての犬は猫   である。(偽) → 全ての犬は猫   でない。(不定)(本例では真)
全ての犬は飼育動物である。(偽) → 全ての犬は飼育動物でない。(不定)(本例では偽)

反対対当の具体例2

 全称は真偽どちらにもなりうることがわかる。

(D)小反対対当

法則D−1:特称において、一方が真のとき、他方(反対)は不定である。

一部の犬は飼育動物である。(真) → 一部の犬は飼育動物でない。(不定)(本例では真)
一部の犬は動物  である。(真) → 一部の犬は動物  でない。(不定)(本例では偽)

小反対対当の具体例1

法則Dー2:特称において、一方が偽のとき、他方(反対)は真である。

一部の犬は猫である。(偽)→ 一部の犬は猫でない。(

小反対対当の具体例2

 以上、ここにまとめた関係を用いれば、ある定言判断から別の定言判断を直接導くことができる。これは直接推理と呼ばれる。

「必然」と「可能」

 この日本語は、全称と特称のような量的な大小関係にあるため、図12のように対当関係ですっきりと説明できる。

図12:「必然」と「可能」の対等関係

 例として「必然」という言葉を考えよう。

 僕はかすみちゃんと結婚することが必然である

 これを無理やり全称肯定判断ぽい文章で表現してみよう。

 僕はかすみちゃんと結婚することが必然である
=僕は想定しうる全ての人生のパターンでかすみちゃんと結婚する

 これの矛盾対当関係を考えると以下のようになる。

 僕はかすみちゃんと結婚することが必然でない
=僕は想定しうる一部の人生のパターンでかすみちゃんと結婚しない

「必然である」と「必然でない」が全称肯定判断と特称否定判断のような質と矛盾対当の関係にあることがわかる。

 一方で、「必然である」を「可能」という言葉で表現すると「でないことが可能でない」となる。

 僕はかすみちゃんと結婚することが必然である
=僕は想定しうる全ての人生のパターンでかすみちゃんと結婚する
=僕はかすみちゃんと結婚しないことが可能でない

これの矛盾対当関係を考えると、

 僕はかすみちゃんと結婚することが必然でない
=僕は想定しうる一部の人生のパターンでかすみちゃんと結婚しない
=僕はかすみちゃんと結婚しないことが可能である

 この「可能」という言葉については議論をする上で取り扱いに注意する必要がある。以下はその注意点を端的に表している。

「……かもしれない」という言い方については、論理は常識よりも圧倒的にゆるやかです。矛盾ではないならば、どんなに非常識なことでも論理的な可能性としては認められます。

入門!論理学/野矢茂樹 P17

 より詳しく「可能」について知りたい場合、以下の記事を参照してほしい。

「すべき」と「してもよい」、「義務」と「権利」も同様の関係にある。

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