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「引用音楽」のススメ

なんらかの文章を書くとき、誰もが一度は“引用”をしたことがあるでしょう。自分の文章に説得力を持たせるために、他人の文章や辞書、もしくは古くからのことわざなんかを一部取り入れる。こうしたことは文章に限らず、美術や音楽でも古くから行われてきました。例えば美術においては、コラージュやアッサンブラージュといった技法が引用とされますし、モナ・リザなどの名画の顔を猫の顔にしたり、自分の顔に変えたりといったパロディのようにも使われたり。。。


ということで、今回は音楽における“引用”のさまざまな形をご紹介します。


物語や感情を表す、注釈としての引用

一口に引用といっても、いろいろな種類があります。中でも、一番、文章で使う引用に近いのが、何らかの物語性や感情を表す、"注釈としての引用"です。
例えば、チャイコフスキーの序曲《1812年》。ナポレオンの侵略にロシアが打ち勝つストーリーを音楽にしており、そこにはフランス軍を示すフランス国歌《ラ・マルセイエーズ》ロシア軍を表すロシア帝国国歌《神よツァーリを護り給え》が引用され、曲の物語性に説得力を持たせています。

他にも、グレゴリオ聖歌の《ディエス・イレ》。これは“死”を暗示する引用句として、ベルリオーズリストラフマニノフなど、非常に多くの様々な作曲家によって引用されています。

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グレゴリオ聖歌《ディエス・イレ》の旋律


また、スメタナの連作交響詩《わが祖国》の中の第2曲〈ヴルタヴァ(モルダウ)〉の最後では、第1曲〈ヴィシェフラド〉のメロディが壮大に流れ、源流から流れるヴルタヴァ川が、プラハのヴィシェフラドへ行き着く、という物語を表しています。このように、他人の作品ではなく、自分の作品を引用することもあります。


仄めかし、暗喩としての引用

今まで見てきたものは積極的に注釈の役割を果たしている引用でしたが、中には暗喩的に作曲者の隠された思いを仄めかしたり、わかる人だけにわかるようなメッセージを込めた暗号のような例もあります。
ショパンの《ポロネーズ第15番(別れのポロネーズ)》では、ロッシーニの《泥棒かささぎ》の中のアリア「さあこの腕の中に」が引用されますが、これは一人の友人に宛てた、さよならのメッセージでした。

また、ショスタコーヴィチの作品の中にも、当時のスターリン政権に対する隠された批判がちりばめられています。厳しく言論弾圧をされていた時代ですから、こういう暗号じみたことでしか、自分の意思を表現できなかったのです。例えば《交響曲第5番》の第4楽章の「ラレミファ」の音は、《カルメン》のハバネラの「ご用心!」の引用という説があります。


パロディ

引用の中には、明らかに皆が知っている曲を取り入れて、笑いや驚きを引き起こす、といったものもあります。今までの「注釈としての引用」と違い、引用それ自体には、物語性や意味を持ちません。曲を注釈するのではなく、むしろ曲の中に異物を混入させる、といった感覚でしょうか。
ショスタコーヴィチの《交響曲第15番》には、おもむろにロッシーニの《ウィリアム・テル》序曲が引用されます。

マーラーの《交響曲第1番》の第3楽章は、楽章の主題そのものが、童謡《フレール・ジャック》を短調にして、葬送行進曲に変えたものです。誰もが知っている楽しい童謡が、暗く陰鬱な葬送行進曲に変わり、少し不気味に感じる人もいるかもしれません。


コラージュ

20世紀後半になると、すべてが他のあらゆる作品の引用でできている、という作品も現れます。この時期は録音技術が発展し、録音音源を加工して再構成する“ミュージック・コンクレート”という電子音楽ジャンルが生まれました。ビートルズも、1968年にリリースされたアルバム(通称ホワイト・アルバム)の中の1曲《レボリューション9》でミュージック・コンクレートを使っています。
それと同じようなことを、オーケストラによる演奏を使って行った曲があります。イタリアの作曲家、L.ベリオが作曲した《シンフォニア》です。

その第3楽章では、マーラーの《交響曲第2番》のスケルツォをキャンバスとして、その上に、バッハベートーヴェンドビュッシーからシェーンベルクに至るまで、古今のあらゆる楽曲を切り貼りしました。つまり、ほぼすべてが他人の曲の引用による作品なわけです。切り貼りされた既存曲の断片は、もはやそれぞれに注釈や意味は持たず、一つの塊として《シンフォニア》という一つの塊として響くのみです。
20世紀になって引用はとうとう、それ自体が何も示さないものとなりました。曲の物語や特定の感情を表す引用、パロディとしての引用、そして、完全に“響き”として扱われる引用…。様々な形の引用があります。引用の世界…、それは実はとても奥が深い世界なのです。

Text by 一色萌生

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