見出し画像

え?こんなものまで楽器にしちゃうの!?

オーケストラで使われる楽器と言えばどんなものを想像しますか?
ヴァイオリン、チェロ、クラリネットトランペット、ティンパニ、シンバル…。あるいは、コーラングレコルネットなど、少しマニアックな楽器名思い出す人もいるかもしれません。
しかし、オーケストラの長い歴史の中では、「え?こんなものまで楽器にしちゃうの!?」と思わず突っ込んでしまうような、もっとマニアックで破天荒な楽器も存在しています。

今回は、オーケストラに使われた、変わった楽器の数々を、その楽曲とともにご紹介します。


卓球とオーケストラの共演!ピンポン協奏曲《Ricochet》

このテーマで記事を書こうとしたとき、筆者の頭に真っ先に浮かんだ曲があります。それは2015年に発表された、アンディ・アキホ作曲、ピンポン協奏曲《Ricochet》です。動画がSNSで拡散され話題を呼んだので、ご存じの方も多いかもしれません。この楽曲は、卓球とオーケストラの協奏曲という、異例の楽器編成となっています。実際に音を聴かなくても、この絵面を見ただけで、かなり異質な音楽であることは容易に想像できます。

現代音楽の中には、キッチン用品新聞紙など、身の回りにあるあらゆるものを楽器として使ったジョン・ケージの《Living Room Music》や、メトロノームを100台並べて曲にしたジェルジュ・リゲティの《Poème Symphonique》など、変わった楽器による曲は多いのですが、まさかスポーツそのものを楽器として扱ってしまうこの発想にはただただ驚嘆します。


あらゆる日用品をオーケストラに取り込んだ作曲家、L.アンダーソンの世界

こうした変わった楽器をオーケストラに取り込む芸当は、なにも現代音楽の専売特許ではありません。20世紀のアメリカの作曲家、L.アンダーソンもまた、エンターテイメント性の高いポップス・オーケストラの中に、数々の日用品を持ち込みました。
その代表例が、1950年に作曲された《タイプライター》。曲名の通り、タイプライター(昔のワープロみたいな装置)を楽器として使用しています。演奏会では、演奏者がサラリーマン風の格好をする演出が入ることが多く、とにかく場を盛り上げる楽しい楽曲となっています。

他にもアンダーソンの作品には、紙やすりを使った《サンドペーパー・バレエ》や、猫や犬の鳴き声が入った《ワルツィング・キャット》など、変わった楽器を使ったエンターテイメント性を重視した曲がたくさんあります。


振り下ろされる巨大ハンマー!マーラー《交響曲第6番》

アンダーソンという軽いクラシック音楽を紹介しましたが、次に紹介するのは一転して最重量級の作品です。
19世紀末~20世紀初頭のウィーンで活躍した作曲家、グスタフ・マーラー。近代オーケストラ音楽における最重要レパートリーである彼の巨大な交響曲群も、変わった楽器のオンパレードです。マーラーは、交響曲を世界そのもの”ととらえており、日常に溢れた音の風景を、そのままオーケストラに取り込もうとしました。例えば、街中で遠くから聞こえてくる軍楽隊の音楽は、マーラーの交響曲の中では、舞台裏で演奏される別動隊のオーケストラで表現されます。こうした音の“空間的処理”は、この作曲家の得意としたところでした。
彼の《交響曲第6番》は、「悲劇的」という愛称で知られますが、この作品もまた、こうした音の空間的処理が駆使された楽曲です。舞台裏で複数のカウベルを鳴らし、舞台上のチェレスタと合わせて幻想的な響きを実現した箇所があります。しかし、この作品で最も特筆すべきは、終楽章に現れる“ハンマー”という楽器。曲のクライマックスで巨大なハンマーを振り下ろすという演出は、音もさることながら、視覚的にも大きなインパクトを残します。

筆者は、3.11の震災の翌日に、神奈川フィルの演奏でこの曲を聴きました。“どんな英雄も運命には逆らえない”というメッセージを持ったこの「悲劇的」。ハンマーが振り下ろされるシーンでは、会場にいる誰もが、震災という人間の力ではどうすることもできない脅威を連想したことでしょう。この作品が静かに終わったとき、2分ほど、誰も拍手をせず、自然と黙祷が始まったことも印象に残っています。


音量もインパクトも最大!大砲や銃器を使った作品

これまで、20世紀以降の比較的新しい作品をご紹介してきました。しかし、それらを上回るインパクトを持つ変わった楽器が、さらに古い時代に使われています。その楽器を使用したのは、なんとクラシック音楽の王道中の王道、ベートーヴェンです。
1813年に《交響曲第7番》などとともに初演された戦争交響曲《ウェリントンの勝利》。この楽曲にはなんと、大砲が楽器として組み込まれています。その音響効果は絶大。聴衆は曲のテーマである“ビトリアの戦い”のさなかに実際に身を置かれているような臨場感を得られます。
ただし、実際にホール内で大砲や銃を使うのは難しく、実際には複数の大太鼓やラチェットで代用するのが一般的です。また現代では、シンセサイザーなどを用いて、よりリアルな大砲の音を実現した演奏も残っています。シンセサイザーを使うというのは、クラシック音楽からすると反則のように思えますが、この《ウェリントンの勝利》はもともと、パンハルモニコンという、当時のシンセサイザーのようなもののために作曲されたもので、むしろ伝統に則した演奏と言えるかもしれません。

また、チャイコフスキーも序曲《1812年》で大砲を使っています。《ウェリントンの勝利》より、こちらの曲のほうがメジャーですし、大砲の使い方も工夫されています。
より洗練された大砲音楽をお楽しみください。

今回はオーケストラで使われているおもしろい”楽器”を紹介しました。今までクラシック音楽を遠い存在、難しい存在だと思っていたみなさんは、今回の記事で少し身近に感じられたのではないでしょうか?
今後もさまざまな角度から見た音楽をお伝えできればと思います。

Text by 一色萌生

▶▶洗足学園音楽大学:https://www.senzoku.ac.jp/music/

▶▶洗足学園音楽大学(Twitter):https://twitter.com/senzokuondai