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クリぼっちのクラシック♪

もうすぐ、みんな楽しみクリスマスのシーズンですね!
近所の商店街でもスーパーマーケットでもテレビでも、楽しそうなクリスマスソングが鳴り響きます。
それらを聴いて、胸を躍らせる人は多いでしょう。しかし中には、逆に寂しさを感じる人もいるかもしれません。かく言う筆者は、クリスマスは特に予定がなく、独りで寂しく過ごす一人です。
クリスマスに独りで過ごすことを、クリスマスと独りぼっちを合わせて“クリぼっち”と言うそうです。クリぼっちも気楽で悪くないですが、皆が恋人や家族と楽しそうに過ごしているのを横目に見ると、多少の寂しさを感じることもあります。
そんな時こそクラシックを聴いて、クリぼっちを乗り越えましょう!

クリぼっち民が聴いてはいけない曲

まず、みなさんにお伝えしなければならないのは、我々のような寂しいクリぼっち民が聴いてはいけない曲がいくつか存在するということです。
松任谷由美の《恋人がサンタクロース》やマライア・キャリーの《恋人たちのクリスマス》などは言うまでもありませんが、山下達郎の《クリスマス・イヴ》やB‘zの《いつかのメリークリスマス》などの失恋ソングも悲しくなるのでやめた方がよいでしょう。とにかく、歌詞のストーリー性やメッセージ性の強いポップスは、独りぼっちのクリスマスには向いていません。

では歌詞の無い曲やクラシック曲ならどれでもいいのかというと、そうではありません。
ルロイ・アンダーソンの《そりすべり》や《クリスマス・フェスティバル》は、幸せだったあの日を思い出してしまいます。
では、何を聴くべきなのか…

クリスマスは厳粛に

クリスマス(Christmas)という言葉は、その由来を辿ると、Christ=キリストと、mas=ミサ、つまり、キリストのミサとなります。ミサとは、カトリックの典礼を意味し、そこでは厳かなミサ曲が歌われます。筆者もドイツの教会でミサを見物したことがありますが、とても天上の高い広い空間の中で歌声が反射し、とても神秘的な感じがしたものです。クリスチャンでない筆者のような人間でもそんな感覚になったくらいですから、ましてや信徒にとっては、厳粛そのものでしょう。
クリスマスだからといって恋人とロマンチックに過ごす云われはどこにもありません。クリスマスの本来の意味に立ち返って、ミサ曲などを聴いて厳粛な気分で過ごそうではありませんか。

J.S.バッハ《クリスマス・オラトリオ》は、全6部64曲から成るオラトリオであり、全部聴き通すと2時間半くらいありますので、それなりの時間を費やせるはずです。華やかな曲ですから、独りで過ごす寂しさを紛らわせてくれます。


個人的に好きな、ヴォーン・ウィリアムズの《クリスマス・キャロルによる幻想曲》は、イギリスの古いクリスマス・キャロルを使った古風な旋律が魅力。バッハと違って10分強くらいの作品で聴きやすいのが魅力です。


こんな壮大な規模のものに限らず、有名な作曲家が作ったクリスマス・キャロルはたくさんあります。
《天には栄え》は、メンデルスゾーンの曲に、多数の讃美歌を残しているウェスレーの歌詞が当てられている有名な曲。メロディが素敵なので、酔いしれることができそう。


他にも、バレエの名曲《ジゼル》の作曲者アドルフ・アダンの《O Holy Night》も有名。ゴスペルで歌われたりもするお洒落な曲ですが、一つ、大きな落とし穴があります。「さやかさん」とかつてお付き合いされていた方は聴かないほうがいいでしょう。なぜならこの曲、邦題が《さやかに星はきらめき》だからです。


鐘とツリーと雪と…

クリスマスで連想されるものと言えば、鐘(ベル)の音やもみの木、雪などでしょう。
まずはベル。ベルと言っても、アップテンポなクリスマスソング《ジングルベル》はだめです。明るすぎます。その代わりに我々クリぼっち民が聴くのはこれ、《鐘のキャロル》です。

ウクライナで古くから歌われるこの曲は、数々のクリスマス・キャロルの中でも異彩を放つ印象深い曲です。なぜ異彩を放つのかと言うと、長調の曲が圧倒的に多いクリスマスソングの中で、珍しく短調の曲だからです。ベルの音を模したオスティナート※1が曲全体の推進力になっており、実際に楽器としてベルを使っていなくてもベルの音色が頭の中に響いてきます。少し暗いながらも、幻想的で魅力的な1曲です。

ベルと言えば、マーラーの《交響曲第3番》の第5楽章は、少年合唱が「ビム・バム」とベルの響きの擬音を歌い、女声が天使の歌声を披露するという、クリスマスっぽい1曲。特徴的なリズムは《鐘のキャロル》からの影響を感じとれます。


“ホワイトクリスマス”と言われるように、クリスマスに雪が降ると雰囲気が出ます。
マーラーに引き続き、少年合唱が魅力的なクリスマスに関するクラシック曲が、チャイコフスキーのバレエ曲《くるみ割り人形》の1曲「粉雪のワルツ」。少年合唱が非常に幻想的に響きます。上に紹介したマーラーの時もそうでしたが、少年合唱の透き通った声は、天使を思わせます。《くるみ割り人形》は、クリスマスの時期によく演奏されますね。


フィンランドの作曲家、パルムグレンの《3つの小品》というピアノ曲に含まれる「粉雪」も、幻想的なオスティナートの中でしんしんと降る雪を連想させる、独りの夜にはふさわしい名曲です。


独りでクリスマスを過ごすあなたは、クリスマスツリーも飾っていないでしょう。そんな時は代わりに、同じくフィンランドの作曲家、シベリウスのピアノ曲《もみの木》を聴くと良いでしょう。少しジャズを思わせるような、お洒落で美しい曲です。


最高に暗い、クリスマス曲

独りで寂しく過ごしているうちに、精神が屈折し、周りの幸せなカップルを妬む心が生まれてきたあなた!最後に、そんな気持ちを代弁してくれるかのような、屈折した暗いクリスマス音楽をご紹介しましょう。

まずは、ロシアの作曲家、シュニトケが編曲した《きよしこの夜》です。ヴァイオリンとピアノのための編曲ですが、その有名な旋律が繰り返されるたび、不協和音と曲の不穏さが増してきます。聴き終わるころには、我々クリぼっち同志諸君の感じるクリスマスへの屈折した思いに寄り添ってくれるこの作品に、心地よさを感じていることでしょう。

シュニトケの作風は、多様式混交と言って、古今のいろいろな音楽スタイルをブレンドして、現代の語法で再編するといったものです。シュニトケの手にかかれば、バロック音楽もジャズもマーチもワルツも、そしてクリスマスソングでさえも、自身の作品の素材として同じ鍋にぶちこまれるのです。

そしてもう一作品、ポーランドの作曲家、ペンデレツキ作曲の《交響曲第2番》。その副題は「クリスマス」です。「どんなロマンチックな曲だろう!」とワクワクしながらいざ聴き始めると、いつまで経っても重々しく暗い曲。それが30分以上も続きます。《きよしこの夜》が引用される部分が何度かありますが、そこで一瞬淡い光が差し込んだかと思うと、すぐに暗い闇に覆われてしまいます。幸せそうなあの人に、この曲を紹介しちゃいましょう!

ペンデレツキは、初期には《広島の犠牲者に寄せる哀歌》や《アナクラシス》に代表されるようなトーンクラスター※2が目立つ最前衛の作風でしたが、徐々にこの《交響曲第2番》のような、重苦しい新ロマン主義へと変化します。ペンデレツキはこの交響曲に、どういう思いを込めて「クリスマス」と名付けたのでしょう…。


「クリぼっちのクラシック♪」ということで、今回は、独りで過ごすクリスマスを乗り越えるのに最適なクラシック音楽をご紹介しました。たまにはクリスマスの本来の意味を思い出し静かに過ごし、悲しい感情に寄り添ってくれる重苦しい曲を聴くのも良いでしょう。頑張ってください。

※1 オスティナート―同じ音型やリズムなどのパターンを何度も反復する表現方法。
※2 トーンクラスター―ある範囲の音を、グチャっと全部同時に演奏するような奏法。


Text by 一色萌生

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