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学生の「学びたい」を叶え続ける大学に。前田雄二郎学長が見つめる洗足の未来

洗足学園音楽大学を卒業した後に幅広い領域で活躍する同窓生や、現在洗足学園にて教鞭を執る先生方にお話を伺う、洗足学園音楽大学同窓会コラム

第6回目にお話を伺ったのは、2023年9月1日付で洗足学園音楽大学学長に就任された前田雄二郎(まえだゆうじろう)学長です。万代晋也(ばんだいしんや)前学長からバトンを受け継ぎ、変化の激しい現代においてどのように大学を発展させていこうと考えられているのか。その眼差しが向く未来と、前田学長の想いを紐解いていきます。

前田雄二郎(まえだゆうじろう):
2003年慶応義塾大学卒業後、米国ボストン・カレッジ大学院修了。2005年より富士通株式会社勤務。2009年9月より洗足学園音楽大学に移り、現在に至る。


「世界中の音楽を学べる環境」が整いつつある

──大学創立から60年近くとなり (新卒が第54期生)、現在では19コースを擁する規模に発展しています。今後の展開について、どのようにお考えでしょうか。

声優アニメソングコースやバレエコース、音楽環境創造コースやメディアアーツコースなど。直接音楽に関係するコースから、その周辺分野とも言えるコースも含め、ここ数年で次々と新しいコースが設立されています。少しずつ「世界中の音楽を学べる環境」が整い始めていると感じております。

そのため、これまでと同じようなテンポで新しいコースを作り続けるのではなく、これからは全19コースのカリキュラムをさらに深め、発展させていくことにも取り組んでいきたいです。もちろん音楽を学ぶ学生にとって必要な分野には手を広げていけたらとは思っていますが、横にも広げつつ、縦もさらに深めていきたい。「展開」という意味では、現状そのような方向で進めていけたらと思っています。

──『ホワイトキャッスル』や『M Lab』。コースが増えるにつれて、施設も増えてきました。新たな施設も、今後増えていく予定はあるのでしょうか。

洗足学園100周年記念サイトより引用。各施設の写真が掲載されており、ビフォーアフターの様子を見ることができます。
ちなみにブラックホールができる前はテニスコートだったそうです。100周年記念サイトには掲載されていませんが、前田ホールが設立される前は大きな池と茶室などがあったのだとか。

現状では未定な部分も多いですが、やはり建物を作れるスペースにも限りがあります。だいぶ先になりますが、数十年後に各施設を建て替えなければならない時期がやってくるため、スペースは残しておかなければいけないと考えています。

また昨今ではいつどのような災害に見舞われるか分かりません。学生が安心・安全に音楽を学び続けられるよう、「カリキュラム」だけではなく「施設」に関しても勘案しながら整えていきたいです。

震災やパンデミックに屈しない、洗足の強さ

──前田学長は長年に渡って洗足学園に勤められてきたと思います。特に思い出に残っているエピソードを教えてください。

まずは2011年に起きた東日本大震災の頃の出来事です。3月11日に震災があり、激しい余震にも見舞われている中、3月18日に卒業式が控えていました。安全面的に卒業式を行なっていいのか、非常に大きな課題でした。

しかし、卒業式は1週間後。卒業式を実施するのか、しないのか。ごく短期間でその決定を下さなければならなかったんですね。私はそのとき事務局に携わっていたのですが、前田壽一理事長の「大学の使命として、卒業生をしっかり式典でお祝いして送る」というお考えのもと、卒業式を実施することに決められました。

やるからには安全面に配慮しながら……ということで、式典部分は短く。祝賀演奏も、今や卒業式の恒例ともいえる「各コースの先生方によるメドレー形式の威風堂々」ではなく、欧州では追悼の意味を込めて演奏される機会の多い、エルガーの『エニグマ変奏曲』より《ニムロッド》の演奏が行われました。

演奏される先生方にも思いを込めていただけました。あの瞬間、あの環境でしか聴けないエニグマは、本当に素晴らしい体験でした。大学として卒業式を実施すると決定されたところから、ひとりの参加者として携わることができたことは大きな思い出です。

次に2020年、コロナ禍が始まった当初のことですね。未知のウイルスが猛威を奮う中で、どのように教育を継続していくべきなのか、一から考え直さなければいけませんでした。授業日程を変えなければならなかったし、何より授業のやり方も変えていかなければならなかった。学生の皆さん、先生方、そして我々職員。不安ではなかった人は、誰一人としていなかったと思います。

しかし、コロナ禍に直面しても、先生方の多大なご尽力と学生達の協力のおかげで迅速に「オンライン授業」を開始することができました。対面で授業を実施できることに越したことはありませんでしたが、限られた環境でいかに最善を尽くすか。さまざまな方法を模索しながらも、まずは「オンライン」という方向に舵を切れたこと、これは洗足らしい乗り越え方だったのではないかと感じています。

卒業式で実現した「失われた入学式」

──コロナ禍のエピソードといえば。先日、2023年度卒業式の動画を拝見したのですが、『2020年度プチ入学式』が行なわれていたことには驚きました! 2020年度に入学した学生を始め、多くの学生の心に残る時間だったのではと感じます。実施に至った経緯をお聞きしたいです。

「私は2024年の未来から参りました。4年後、皆さんが晴れやかな笑顔で、ここ前田ホールに集っている姿が私には見えております」と祝辞を述べる前田学長。思わぬサプライズに、会場からは大きな歓声が!

今年は音楽環境創造コースの第1期生が卒業する年だったこともあり、音楽環境創造コースの先生方からのご提案で『2020年度プチ入学式』を実施させていただきました。

先ほども申し上げましたが、卒業式の祝賀演奏では「各コースの先生方によるメドレー形式の威風堂々」の演奏が例年行われるんですね。ただ、音楽環境創造コースは演奏会や舞台のバックグラウンドで活躍するコースですので、どのような形で参加していただくのがいいか。先生方と話し合いを重ねました。

音楽環境創造コースだからこそ実現できるパフォーマンスを考えるのもひとつ。特別なパフォーマンスがなくとも、音楽環境創造コースの先生方が関わっていることは演出上伝わるので、いつも通りの方法で携わっていただくこともひとつ。先生方と話し合いをさせていただく中で、さまざまなアイデアが挙がりました。

ですが、やはり先生方の中でも「第1期生の入学式ができなかった」という悔いが非常に強かった。そのような背景から、『2020年度プチ入学式』を実施させていただくことになりました。当日は卒業生の皆さんにも盛り上がっていただけたので、実施して本当によかったと思っています。

自立・挑戦・奉仕を胸に

──コロナ禍に入る前と、現在。「音楽」に対する価値観も、人によって大きく変わっていると感じます。変化の激しい時代ではございますが、前田学長の思う「理想の学校像」について伺いたいです。

音楽大学の使命はこれからの時代に活躍する卒業生を輩出することです。ですから、クラシックは当然として今後潮流となるであろう音楽分野・技術が学べる環境であること。世界の中の「日本」として、日本ならではのコンテンツ、現代邦楽やゲーム音楽、アニメ文化等を学べる環境であること。そして、時代の変化に応じて、社会に必要とされる知識・能力を育てられるような学校でありたいと思っています。

洗足ではソルフェージュや和声学などの科目は、必修ではありません。それぞれの学生が自らの学びたいようにカリキュラムを組むことができる点は、本学の強みだと言えるでしょう。しかし、時代は日々移り変わっています。現状のカリキュラムがこれからの将来に適しているかどうか、時代の流れを読み解きながら常に検証していかなければならないことも事実です。

社会に必要とされる能力を柔軟に教えられる音楽大学であり続けるために。そして何より、学生の皆さんが「学びたい」と思うものを最大限学ぶことのできる音楽大学であり続けるために。さまざまな業界のプロフェッショナルである先生方からアイデアをいただきつつ、進み続けたいと思っています。

──洗足に通っている学生の皆さんに向けて、卒業後はどのような大人になってほしいと感じますか。

やはり原点に立ち返ると、建学の精神である「自立・挑戦・奉仕」ですね。

どのような環境でも柔軟に考え、自分の責任で行動ができる「自立」する力。待ち受ける困難にも挫けず、自らの持ちうる知識・能力を最大限活かし、進み続ける「挑戦」の意志。社会で活躍し、自らの行動で周囲にいい影響をもたらす「奉仕」の心。この建学の精神を胸に、社会の一員として尊敬され、リーダーシップを発揮できるような大人になっていただきたい。私はそう思っています。

また「音楽」というとある種狭い分野でもあるかもしれませんが……。いい意味で、音楽学部だからといって「音楽」の中だけに自分の居場所を決めつける必要はないようにも思っています。音楽と重なる分野はたくさん存在していますし、本学で得たものを起点に自らの得意な領域をどんどん拡げてみてもいい。人生何があるか分からないからこそ、多方面の「好き」が掛け合わさることで、唯一無二の活躍ができる可能性も大いにあります。

だから、まずは目の前のことをひとつずつ、ぜひ自分の可能性を信じて活動していただきたい。その末に「さすが洗足の卒業生だね!」といった声を、たくさん聞いてみたいです。

同窓生の活躍が在学生の力に

左から:門倉美香副会長、前田雄二郎学長、皆川純一会長、相馬健太副会長

最後に、本学を卒業し、幅広い領域で活躍している同窓生の皆さんへ。皆さんが社会で活躍している姿は、在学生の皆さんにとって一番の励みです。在学時と比べて、これまで以上に多くの困難に直面することもあるかもしれませんが、皆さんの背中を見て、在学生は常に刺激を受けています。なので、これからも「こんな人になりたい!」と思ってもらえるような活躍をしていただけたら嬉しく思っております。

しかし、同窓生の活躍に甘えることなく、大学もより一層発展していかなければなりません。教育機関としての地位を安全に、安定した形で保っていけるよう、運営を続けて参りたいと考えています。

また、変化の激しい時代だからこそ、同窓生や在学生、教職員などの垣根を超えて、新たな物事が生まれる様子もたくさん見てみたい。どのような時代においても新たな動きを最大限後押しできる「懐の深い大学」であり続けられるよう、これからも挑戦を続けていきたいです。

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Text by 門岡 明弥


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