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アスリートのエネルギー不足を理解するためのノート

※上の画像は「スポーツ栄養士の図書館LOUNGE」メンバーに意見をいただきながら作成したものです。本文は執筆者個人の見解です。

[ 関連用語の定義 ]

アスリートにおける相対的エネルギー不足の問題を指摘した国際オリンピック委員会(IOC)の声明(コンセンサス・ステートメント)の補足事項として発表された、Mountjoy M et al. Authors’ 2015 additions to the IOC consensus statement: Relative Energy Deficiency in Sport (RED-S). Br J Sports Med 2015;49:417–420(リンク参照)に、アスリートのエネルギー関連の用語がまとめられています。以下の記事の「*」マーク付きの色付き部分はこちらの文献の主に 'Relative Energy Deficiency in Sport' の囲みにある 'Key Definitions:' を引用しています。定義を参考に用語を整理してみます。


エネルギーバランス

エネルギーバランス = エネルギー摂取量 - 総エネルギー消費量*
Energy Balance is the amount of dietary energy added to or lost from the body’s energy stores after all of the body’s physiological systems have completed their work for the day. * [意訳]エネルギーバランスとは、体内のすべての生理学的働きが行われた後に、体に加わる食事由来のエネルギー量または体から差し引かれるエネルギー量である。

このエネルギーバランスのコンセプトは、一般的な栄養管理・栄養指導で用いられるものです。単位としては、通常エネルギー量の絶対量(kcal)で表記されます。体重が増減しない=エネルギーバランスがゼロ=エネルギー必要量を満たしていると考えられ、「日本人の食事摂取基準2020」(リンク先よりダウンロード可) のP.67にも次のような記載があります⇩

成人(妊婦、授乳婦を除く)で短期間に体重が大きく変動しない場合には、エネルギー消費量=エネルギー摂取量=エネルギー必要量 が成り立つ。


エネルギー不足

Energy deficit is the discrepancy in energy balance when dietary energy intake is less than total energy expenditure, such that energy is lost from the body’s energy stores and/or compensatory mechanisms take place to reduce total energy expenditure. * - [意訳] 食事によるエネルギー摂取量が総エネルギー消費量より少ない場合の差異をエネルギー不足といい、そのぶんのエネルギーは体内のエネルギー貯蔵から差し引かれたり、総エネルギー消費量を減少させる働きが生じて補正されたりする。

長期的にエネルギー制限を続けていると、総エネルギー消費を減少させる働きがおこり、見かけ上はエネルギー不足が存在しない状態になることがあります。これは、健康な状態であるとは限らないので、エネルギーバランスのコンセプトを使うマイナス面であるといえると思います。


エネルギーアベイラビリティー

エネルギーアベイラビリティー = エネルギー摂取量 ー 運動で消費されたエネルギー量*
Energy availability is the amount of dietary energy remaining to support remaining metabolic systems in the body after the energy cost for a particular system has been removed: In the case of athletes, energy availability is the amount of energy remaining to support all other body functions after the energy expended in exercise and sporting activities is removed from energy intake.* - [意訳] エネルギーアベイラビリティーとは、特定のシステムに必要なエネルギーコストを差し引いた後、その他の代謝システムに費やすことができる食事性エネルギー残量である:アスリートの場合、エネルギーアベイラビリティーとは、エネルギー摂取量から運動やスポーツ活動で消費するエネルギーを差し引いた後に残る、運動以外のすべての身体の機能の費やすことができるエネルギー残量である。

エネルギーアベイラビリティーは、標準化としては除脂肪体重(Fat-Free Mass: FFM)で割った値(kcal/kg FFM)で表されます。30 kcal/kg FFMがほぼ安静時代謝と等しく、45 kcal/kg FFM(つまり身体活動レベルで言う1.5)が "健康な状態" での摂取エネルギー=消費エネルギーの状態とされています。(下記リンク Loucks. 2014 参照)

エネルギーアベイラビリティーは、「エネルギー可用性」、「利用可能エネルギー」、「エネルギー利用可能性」等の日本語に訳されることもありますが(私もそちらを使っていたこともありますが)、可用性といわれてもイメージがわかないし、利用可能エネルギーだとavailable energyのほうが近い印象?だし、可能性とつくとpossibilityのようなイメージ?…と思ってしまってあまりしっくりこないので、私はとりあえずカタカナ表記しています。センスのある方がいい日本語に定義してくださると助かりますね!

このコンセプトを初めて知った時は、スポーツ栄養ではエネルギーの考え方から違うのか!と衝撃を受けると同時にワクワクしましたが、私自身なかなか一回聞いたくらいでスッと入ってくるコンセプトではありませんでした。個人的にこのコンセプトの理解に最も役立った文献が下のリンクのもの(Loucks AB. The Female Athlete Triad: A Metabolic Phenomenon. Pensar En Mov Rev Ciencias del Ejerc y la Salud. 2014;12(1):1-23)です。「女性アスリートの三主徴」に関する文献ですが、エネルギーアベイラビリティーの具体的な計算例や分かりやすく図解されていて、実際に図を見ながら何度も計算してみてようやくイメージが掴めました。英語が苦手な方でも図や計算例があるのでわかりやすいと思います。


低エネルギーアベイラビリティー

Low energy availability occurs when an individual’s dietary energy intake is insufficient to support the energy expenditure required for health, function and daily living, once the cost of exercise and sporting activities is taken into account.* - [意訳] 低エネルギーアベイラビリティーは、運動やスポーツに使うエネルギーコストを計算に入れた上で、食事によるエネルギー摂取が健康や身体機能、日々の生活のためのエネルギー消費を支えるのために十分でない場合に生じる*。

低エネルギーアベイラビリティーの状態は、

・意識的に摂取エネルギーを減らしている場合:パフォーマンスアップや見た目のために減量をしている、または指導者等から減量を求められ食事制限を実施している場合など

・無意識的に摂取エネルギーが減ってしまっている場合:もともと小食で量が食べられない、運動前に食べると胃腸の調子が悪いので運動後にしか食べられない(食べられるタイミングが少ない)、運動による疲労で食欲が落ちてしまって量が食べられない、潜在的な太りたくない/太ってはいけないという思いから無意識的に脂質や糖質を控えている場合など

・運動によるエネルギー消費量が多くてエネルギー摂取が追いつかない場合:普段より強度が高い/時間が長い練習をしたのに普段通りの食事をした、トレーニング合宿や持久系のレースで補食や運動中のエネルギー補給を行っても補いきれない、貧血等でエネルギーの利用効率が落ちて想定以上のエネルギーを運動に費やしてしまっている場合など

に生じ、それぞれの要因が組み合わさっている場合もあります。

低エネルギーアベイラビリティー状態が続くと、使えるエネルギー量の中でやりくりをするよう適応していき、エネルギーバランスは釣り合ってきますが、本来の健康的な代謝ができていない状態になってしまいます。→スポーツにおける相対的エネルギー不足(RED-S)の項目参照

低エネルギーアベイラビリティー状態を防ぐまたは改善するには、体の健康な代謝を維持するには最低どれくらいのエネルギーが必要なのかをアスリート自身や指導者、サポートする人が理解し、

・摂取エネルギー量を増やす

・運動量を減らす

のいずれかまたは両者の組み合わせを、計画的にかつ経過を見ながら行う必要があります。


相対的エネルギー不足

Relative energy deficiency connotes that low energy availability can occur even in the scenario where energy intake and total energy expenditure are balanced (ie, there is no overall energy deficit).* - [意訳] 相対的エネルギー不足という言葉は、低エネルギーアベイラビリティー状態は、エネルギー摂取量と総エネルギー消費量が釣り合っている(つまり、エネルギー不足は存在しない)状況でも起こりえるということを暗示しています*。

このことが、スポーツ栄養ではエネルギーバランスではなくエネルギーアベイラビリティーのコンセプトを使うよう推奨される理由だと思います。「相対的エネルギー不足」と言葉ではいいながら、エネルギーバランスのコンセプトで説明してしまっているような情報も見かけます。「相対的エネルギー不足」は、エネルギーバランスではなくてエネルギーアベイラビリティーのコンセプトを使った概念です。


スポーツにおける相対的エネルギー不足(RED-S)

The syndrome of RED-S refers to impaired physiological functioning
caused by relative energy deficiency, and includes but is not limited to
impairments of metabolic rate, menstrual function, bone health, immunity, protein synthesis and cardiovascular health.* - [意訳] RED-S 症候群とは、相対的エネルギー不足によって引き起こされる身体機能の抑制を指し、代謝率や月経機能、骨の健康状態、免疫、タンパク合成や血管の健康状態の低下を含むが、それだけにはとどまらない。

2014年にIOCのワーキンググループが「女性アスリートの三主徴」に置き換わる言葉として「RED-S」を提唱した際、RED-Sの定義の囲みでは「相対的エネルギー不足によって引き起こされる」(下記リンク先:Mountjoy M, et al. The IOC consensus statement: beyond the Female Athlete Triad—Relative Energy Deficiency in Sport (RED-S). Br J Sports Med 2014;48:491–497. doi:10.1136/bjsports-2014-093502 の1ページ目右下)とありますし、内容を読んでも低エネルギーアベイラビリティーが原因だ、ということは明らかです。しかし同文献のAbstract(抄録)の部分に「食事によるエネルギー摂取量とエネルギー消費量間のバランスに対する相対的エネルギー不足」と記載してしまっているため、日本語の書籍では

・「総エネルギー消費量に対して総エネルギー摂取量が少ない負のエネルギーバランス状態を」(日本スポーツ栄養学会監修. エッシェンシャルスポーツ栄養学. 市村出版. 2020. p.161)RED-Sとした

・「女性アスリートの三主徴およびRED-Sは、両者ともLEA、すなわちエネルギーバランスが負の状態であることが様々な健康障害を引き起こす主要因となって」(寺田新 編著. スポーツ栄養学 最新理論. 市村出版. 2020. p.196)いる

というようにRED-Sというのはエネルギーバランスのコンセプトによるものだという誤解を与えるような書き方になってしまっています。

この「バランス」という表現が適切ではないとの指摘を受けて、最初に紹介した2015年の補足事項では、

The cause of the Relative Energy Deficiency in Sport is the scenario termed ‘low energy availability’, where an individual’s dietary energy intake is insufficient to support the energy expenditure required for health, function and daily living, once the costs of exercise and sporting activities are taken into account.* - [意訳] スポーツにおける相対的エネルギー不足の原因は、運動やスポーツに使うエネルギーコストを計算に入れた上で、食事によるエネルギー摂取が健康や身体機能、日々の生活のためのエネルギー消費を支えるのためのエネルギー摂取量が十分でない「低エネルギーアベイラビリティー」と呼ばれる状態である。

と修正されています。

現在のところ、RED-Sを提唱したIOCのワーキンググループによる最新のアップデートと考えられる、Mountjoy M et al. IOC consensus statement on relative energy deficiency in sport (RED-S): 2018 update. Br J Sports Med. 2018;52(11):687-697. doi:10.1136/bjsports-2018-099193(リンク参照)でも、RED-Sの土台となっているのは低エネルギーアベイラビリティーであることが繰り返しはっきりと書かれています。

2014年の記載のために多少面倒なことにはなっていますが…ここをきちんと押さえないでエネルギーバランスとエネルギーアベイラビリティーのコンセプトがごっちゃになってしまうと、低エネルギーアベイラビリティー(=相対的エネルギー不足)の状態の発見・対応の遅れにもつながってしまう危険があると思います。

2014年のコンセンサスステートメント:

2018年のアップデート:

ただし、エネルギーアベイラビリティーを正確に知る方法が確立されておらず、誤差も大きいため、エネルギー状態だけではなくRED-Sに含まれる症状も含めた判断が求められており、そのためのツールとして、

・RED-S CAT(Relative Energy Deficiency in Sport (RED-S) Clinical Assessment Tool)

https://bjsm.bmj.com/content/bjsports/49/7/421.full.pdf

・ LEAF –Q(The low energy availability in females questionnaire)

などが開発されています。


まとめ

まだまだなかなか馴染みのない「エネルギーアベイラビリティー」、「相対的エネルギー不足」というコンセプトですが、アスリートのエネルギー状態を考えるには基本となり、栄養計画全体にも影響してくるものなので、まずはスポーツ栄養士がしっかり理解をして、サポートスタッフ、アスリート、指導者にも共通認識が広がっていくことを願います。

そして、「管理栄養士だから/ダイエットのサポート経験があるからアスリートのサポートは勉強しなくてもできる」ではなくて、臨床栄養とも公衆栄養とも違う、スポーツ栄養にはスポーツ栄養の基盤があるということを理解して栄養サポートに当たっていただけると、「スポーツ栄養サポートを受けたのに健康状態が悪化してしまった⁉」というような悲劇を生まずに済むのではないかと思います。

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