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小杉湯となりのムードメーカーが出会った、ちょうどいい「脱力感」

高円寺で築53年の風呂なしアパートに住みながら、「小杉湯」と「小杉湯となり」のスタッフとして働く、安田明日香。 “アニー”の愛称で親しまれる彼女は、銭湯の基本的な仕事の枠を超え、これまで地域に開いた数々のイベントを企画・運営し、現場を盛り上げてきた。

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銭湯の待合室で恋愛トークに花を咲かせる場をつくる、湯上がり出会い系立ち飲み「恋愛バカ」。
銭湯の常連や地域の人が、リハビリの先生と一緒に街を歩いてつながりから健康をつくる「夕焼け散歩」
高円寺近辺のスペイン料理屋と連動した「スペインごはん祭り」

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彼女が運営するユニークなイベントの数々は、自ら企画したものだけではなく、誰かのやってみたい気持ちに寄り添い、実現をサポートしたものも多い。子どもからお年寄りまで、特には街を巻き込みながら、大きなうねりのようにその輪を広げ、参加者を魅了していく。

黒目がちな瞳と、関西弁の大きな声がトレードマーク。小杉湯となりで働くスタッフのインタビュー企画「となりとワタシ」第3回は、小杉湯を通じて人とまちの関係を紡ぐ、安田明日香の素顔に迫る。


コミュニケーションに悩んだ高校時代

1988年、大阪の守口市に長女として生まれた。2歳で両親が離婚し、明るい母親とかわいい妹の3人家族で育った。「昔から不調和が嫌いで、いかに自分が明るく振る舞って楽しい空間を保つかが、家族の中でも学校でも、自分の使命だと思っていた」と当時を振り返る。

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「小学生の時は、すごく負けず嫌いな性格で、足の速さはクラスの誰にも負けたくないって思っていたし、給食の早食いを男の子に挑んで、負けて悔しがったりしてた(笑)。親がすごく褒めて育ててくれたこともあって、謎の自信もあったし、何かと燃えるタイプだったんだよね。

誰とでも分け隔てなく話し、輪の中で少しでも躊躇している人や居づらそうにしている人を見つけると、率先して声をかける安田だが、高校時代は自身の人間関係で悩むこともあったという。

「高校生のときは、どこのグループからも離脱しちゃって、仲の良い友達ができなかった。新学期になって、最初は新しいクラスの人たちと積極的に喋って盛り上げるんだけど、頑張りすぎちゃって次第にしんどくなってきたり、少しずつ友達とのずれを感じたりして、一人になってた。卒業式でkiroroの『Best Friend』を合唱したんだけど、私にはベストフレンドができなかったなって歌いながら思ったんだよね(笑)

卒業後に進んだ専門学校やバイト先でも、人との距離のとり方に悩み、「どうしてうまくいかないんだろう」と落ち込んだ。

「今思うと、人のことを気にしすぎていたんだよね。もっと自然体でいてよかったんだけど、『私がもっと盛り上げたほうがいいんじゃないか』って毎回、役割を背負いすぎちゃうところはあった。」

福祉の仕事はクリエイティブやねんで

専門学校卒業後、偶然アルバイト先で知り合った後の恩師に誘われ、劇団「舞台処女(まちかどおとめ)」に入り、演劇の道を歩み出す。他者を演じる役者の活動を通じて、人と向き合い、表現する日々が始まった。

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「脚本を読んで、登場人物はなんでこういう行動をとったのだろう、どういう感情なんだろうって考える。その上で、お客さんからどう見えるだろうって見せ方を考える。ずーっと試行錯誤しながら演じていくと、いつか、その人になったなって思える瞬間があって、そういうときは演出家やお客さんから褒められたんだよね。役を通して他人になれるところが楽しいと思った。」

役者と裏方をやりながら、表現することの難しさや楽しさ、仲間とひとつの舞台を作り上げる醍醐味を知った。さらに、同時期にNPO法人で障害者の就労支援の仕事をスタートした。

当時の代表から『福祉の仕事はクリエイティブやねんで』って言われたことが自分の中で気になったんだよね。福祉ってボランティア精神のある、献身的な人がやるイメージがあったけど、そうじゃないのかなって。」

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実際、社会福祉の仕事はコミュニケーションの仕事だった。施設利用者の方は目を合わせられなかったり、同じ話を何度もしたりと、コミュニケーションが苦手な人も多く、伝え方は十人十色。「何を伝えたいのかな?って、相手からのサインを感じ取って受け取る毎日だった。」
また、彼らの就職を支援すべく、ひとりひとりに対してコミュニケーションを変えながら、社会性を育むサポートをする。正解のかたちはなく、自分なりの表現を模索し続ける中で、代表の言う「クリエイティブ」の意味を実感した。

東京で出会った銭湯という「居場所」

演劇と福祉の仕事を通じて、他者と対話し、表現する面白さに夢中になったが、2018年、今の仕事の枠組みから一度離れて、さらに「腕試しがしたい」という気持ちが強くなり、上京を決意。自分自身がまちに開いた生活をするために、風呂なしアパートに住みながら、銭湯で働こうと探していたときに出会ったのが小杉湯だった。

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「最初は、大きなお風呂に毎日入れてラッキーくらいに思っていたんだけど、小杉湯で働いてみて、銭湯がこんなにも色んな人にとっての居場所だったんだって思った。

なじみの常連客にとっての地域コミュニティになっているだけでなく、転勤で高円寺を離れることになった若いお客さんから、わざわざ小杉湯へ感謝の手紙が送られてくることもあった。安田自身、毎日銭湯に入ることで、東京という見知らぬ土地で、言葉を交わさずとも、同じ時間に居合わせる人がいる安心感を知ることができた。

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「社会福祉の仕事をしていた時には、いかに就職に導けるかをずっと考えていたけれど、自分の家の徒歩圏内に、家や職場以外の居場所や、生き生きとできる場所があることの大切さを小杉湯のおかげで知ることができたかな。」

盛り上げ役に徹しなくていい。小杉湯となりのちょうどいい脱力感

小杉湯となりで働くようになって、安田自身のマインドも変化したと語る。

「外の顔をつくってしまいがちな自分が、構えずにゆるっとできるようになったかな。前は『自分が積極的にコミュニケーションをとって盛り上げなきゃ』『会員さんと仲良くならなきゃ』って思っていたけど、となりって不思議で、どんな人とでもフラットに話せるようになったの。無理してコミュニケーションをとらなくても、自然に身を任せたらいいなって。目の前に会員さんがいて、仕事や社会的な立場は分からないし、関係ない。そういう見方ができるようになったのは自分のなかで大きい。」

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お客さんとスタッフの枠組みを超えて、ひとりの人間としてフラットに向き合い、心を開くようになった。

「最近では会員さんから『アニーちゃん今日しんどそうだね』『分かりやすいね』って声かけられることもあるくらい(笑)。みんなが自然体でいさせてくれて、すごく救われている。」

この春、会員さんの紹介で、山梨県の富士吉田市で、高円寺との二拠点生活をしながら、まちづくりの仕事を始めることを決めた。これまで人と向き合い続けてきた安田が、これからつくっていきたい場所はどんな場所だろうか。

「自分のまちの、徒歩圏内のどこかに、気軽に相談ができたり、夢が叶ったり、健康になれる場所をつくりたい。私自身、小杉湯やとなりができて人生が豊かになったし、人の能動性を引き出せるような、なにかやりたくなるような場所や機会をつくりたいな。人のやる気をポジティブに受け入れる大きな受け皿のような場所。」

取材の終盤、人と関わり続ける動機を聞いていくと、「将来自分の家族をもちたいから」という答えが返ってきた。

「自分が育った家族だけじゃなくて、自分でつくる家族に興味があるんだよね。ひとりの人と長年、向き合うっていうめんどくさいことをやれる関係ってすごい。家族って一緒に居心地のいい場所をつくる仲間だから、対話が必要なところは、となりの場づくりと似ているかもしれない。あ、パートナーは絶賛募集中です!これ絶対宣伝しといて!

安田にとって、人への興味は生涯止まることがなさそうだ。

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取材・文:かとゆり
写真:川原健太

♨小杉湯となり♨
杉並区・高円寺にある銭湯「小杉湯」のとなり。銭湯が街のお風呂であるように、街に開かれたもう一つの家のような場所。現在は月額20,000円で  銭湯つきコワーキングスペースとして運営中。見学ご希望の方はこちらよりご連絡ください。


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