尼僧の懺悔7

転落のスタートは体が壊れはじめたことだった。

長引く咳と胃の不調で内科を受診したところ、胃カメラをすすめられて、食道がヘルニアを起こしていると言われた。
逆流性食道炎と診断されて、服薬と食事制限が始まった。
もうなおらない病だと医者に宣言され、その事実を受けとめきれないまま、体重は半年で10キロ落ちた。

体力が落ちると些末な病にかかりやすくなる。
アレルギーやら膀胱炎、膵炎と病院通いが日課になり、寺に帰っても寝ていることが増えた。

寝ていても病は一向に治らない。
そう簡単に治るものではないのだから仕方ないが、日がな一日天井を眺めて寝ていて、飯の時だけ起きてくる生活は、仏飯を盗み食う、ろくでなしのようで至極居心地が悪かった。
それでも食堂に出てきて、飯を食わないという選択肢はない。
伝統的集団生活とはそういうものである。
私は食事をすることそのものがいつの間にか苦痛になっていた。

そうして物が食えなくなるのには別の理由もあった。
師匠の信頼も厚い、最も仕事の出来るキレ物の古参の兄弟子が、私の体を触るのである。
はじめは男子校のノリのようなものと、気にしないでいたのだが、回を重ねる度に手口が巧妙になり、背後から羽交い締めされて撫で回されるところに至って、ようやくこれはセクハラだと認識した。

勿論、二人だけの瞬間、すれ違い様などに、それをやる。

正直男を知らない訳でもなく、体を触られたくらい減るものでもないので、耐えられないでもなかったが、遠からず、人気のない所でやりたい放題にされるのではないかという恐怖感があった。
そうして、その事実を師匠に打ち明けて相談することなど、絶対に出来ないと直感していた。
くどいようだが、師匠は病気である。波風を立てれば遠からず自分に害が及ぶ。守ってくれる保証はない
私がどこへも相談できないと計算して、兄弟子が手を出しているとさえ気が付いていた。相手のほうがキャリアが長い分、一枚上手なのである。

もはや現実世界に私の安息の場所はなかった。

メールには毎日毎日泣き事を書いていた。
受け止める遠距離の彼も、それにそろそろうんざりしていた。
恋人がセクハラで苦しんでいるのに、何もしてやれない苦しみは、きっと私以上に辛かったと思う。

誰にも相談できないまま、何かに怯えて、ボロボロの体をただ横たえているだけの毎日は、いとも簡単に心を破壊していった。

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