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給糧艦「間宮」搭乗員座談会(中)ー各艦の期待を背負った命がけの配給受け取りと、軍隊ならではの「目測看量」

 表題写真は、(上)で話題に出てきた1日1万4千本を作る間宮のラムネ室です。では、(中)をどうぞ。極端な暑さ、寒さの作業で苦労も多いようです。
           ◇
 (上)から続き
 <北極室・南洋室>
 記者 それでは、(冷蔵庫の)中で作業するときは、どうなさるのですか。
 下津 白熊になって入ります。(笑)
 記者 白熊とおっしゃいますと…。
 田井 北極の白熊の皮を着て入るのです。低いところの作業などで四つん這いになってもごもごやっているところは、まったく白熊そっくりですよ。(笑)
 永中 白熊だけではまだ足りない。火酒を飲んで体を内からもぽっぽと温めて入るのですよ。なにしろ満州の冬の寒さですからね。
 田井 酒を飲んだことのない兵隊が中へ入ることになりましてね。任務だからやむをえぬというので、その火酒を飲んで入ったのです。ところがやっこさん、仕事しているうちに、だんだん酔いが回ってきて、とうとう冷蔵庫の中でくだを巻いてひっくり返ってしまった。行ってみると、白熊が赤くなってぐうぐう寝ていましたよ。(笑)
 田中 ネズミでも冷蔵庫へ入れるとすぐに冷たく硬くなってしまう。参ったなと思って捨てようと外へ出すと、むくむくと動き出しますからね。(笑)
 永中 野菜は零下4度くらいの冷蔵庫に入れるのです。一度ゆでてから冷凍してあるものは、ここへ入れておけば2,3年はもちますが、生のままの野菜の貯蔵は非常に難しいものです。冷やし過ぎて凍らせてはいけないし、ちょっと温度が上がると腐ってしまう。
 田井 たくさんホウレンソウを積み込みましてね、さあこれで連合艦隊全員を喜ばしてやれると、勇んで出かけたことがあります。ところが、目的地へ着いて箱を開けてみると、影も形もない。(笑)
 記者 どこへ行ったのでしょう。
 田井 溶けてなくなったのですよ。(笑)冷蔵庫の温度がちょっと上がっていたために…。
 浜西 そういう白熊の出る北極があるかと思うと、100度以上の南洋がありますよ。羊かんやもなかに使うあんを作る製あん所です。
 田中 あそこはまったく暑いですね。何しろ40キロの小豆を10個の大釜でふつふつと炊き、16貫(60キロ)入りの砂糖を20袋も使ってやっています。もうもうと立ち上る熱気で汗だくです。
 浜西 その熱気が天井に当たって、なまぬるい雨のようになって、しょっちゅうびしょびしょ降っています。寒中でも暑くてやりきれないから、みな真っ裸になって、前掛け一つかけてあんをかき回していますよ。(笑)
 田井 そういうところへ当直将校が見回りに来られる。兵隊は後姿を見られては面白くないから、将校の真ん前へ、真ん前へと回って検査を受けている。(笑)そのうちにとうとう見つかって「おい、何をもじもじしているか」「はっ、後ろは緊褌一番(きんこんいちばん)でありますっ」(笑)
 <配給受け取り風景>
 記者 タバコからお菓子まで持っているお台所艦の訪れを、艦隊ではお待ちかねでしょう。
 下津 大変なものですよ。台所艦が入っていく予定の当日になると、各艦の監視兵は鵜の目鷹の目で、その出現を今か今かと待っています。入ったとみるやただちに、配給品受け取りのため準備してあったランチの乗員へ「間宮入港ッ。早く行けッ」と連絡激励します。
 田井 連絡を受けた乗員は、衆望を担って一躍ランチに飛び乗って、台所目指して急ピッチです。(笑)
 下津 勇敢なのになると、台所がまだ錨を下さないのに、舷側にくっついて止まるまで一緒について走ってくるのがありますよ。(笑)
 永中 大きな艦の舷側に、木の葉同然のランチがくっついてくるのは、むしろ悲壮ですよ。一つ間違えば転覆ですから…。
 浜西 親クジラに子クジラがぞろぞろついてくるようなあんばいです。中には、魔法瓶を肩にかけてくるのもあります。
 下津 アイスクリームを買って帰るための容器ですね。
 田井 さて台所艦では、先着順に各ランチへ2尺四方くらいの札を渡して、その札の順に、かねて艦から出していた請求伝票により、注文品を渡します。
 浜西 艦内は兵隊で黒山、まるで市場の3時4時どきのようです。
 田中 これからスイカが出るようになると、その配給がまたひと騒動です。
 永中 一人当たり800グラムの見当で配給します。あればかりは開けずの箱ですからね。新兵さんに黄スイカの甘いのが当たるかと思えば、上級兵に水臭い芋スイカが当たったりして、悲喜こもごもですよ。(笑)
 下津 巡洋艦や潜水艦、駆逐艦などのようなランチを持たない艦には、こちらから配給艇に注文品を載せて届けてやります。その際には、本艦の信号手と配給を受ける艦の信号手とが、手旗信号で珍問答です。「ケイニクアリヤ」「アリ」「15キロタノム」「ヨロシ、3バンメニハイキウス」。うまい信号です。(笑)
 <オムレツ技術競技>
 記者 煮炊きしたお料理の配給はいかがですか。
 下津 平常は本艦の乗員の食事だけを作っておりますが、各艦が戦闘を始めた場合には、直ちに本艦の全能力をあげて、できるだけの料理を作って配給するようにしたいと訓練しています。
 田井 弾丸の来る中で、献立表を片手に、ええと、大根を50キロに人参を30キロ、おっとこれは少し多いかななんて、のんきにいちいちはかりにかけてはいられません。そこで迅速に見ただけで物の目方を正確に計れるよう、目測看量という練習をよくやります。また、野菜を早く切れるように、そして味も仕上がりもよく作ると、この三つを目標にしてやっています。
 下津 この技術の向上のために、ときどき目測看量競技、野菜切断競技、オムレツ技術競技をやります。
 記者 その競技の様子をどうぞ。
 浜西 まず目測看量は、コメを入れたざる、しょうゆを入れた樽、野菜を入れた箱と並べておいて、一人ひとりその前に立って、手を触れずに目方を言い当てねばなりません。しょうゆは10リットルが正解とすれば、それに最も近いものが一等で、以下0・5リットル違うごとに1点の減点です。それも、いつまでも考えこんでいてはいけないので、時間は1分限りです。(笑)
 田井 新兵さんは、考えに考えた末、まるで見当違いのことを言ったりしますよ。(笑)
 下津 次はオムレツ競技です。一人前として鶏卵2個ずつを与えられて「用意始めッ」で卵をぽんと割って塩こしょうして、具を入れて仕上げるのです。審査目標は、出来上がりのいいこと、味のいいことですね。
 田中 時間は3分以内ですから、失敗してもそのまま出さねばなりません。
 引田 艦長を初めとして上官がずらりと見ておられる前でやるのですが、どうも艦長に近い方の者が一番成績が悪いようです。
 記者 なぜですか。
 引田 どきどきして手が震えて、オムレツが鍋から飛び出したり、切腹したように中身が出たりして、減点になりますから。(笑)
 田中 油をひくのを忘れてジージー焦がす新兵さんもあるし、塩こしょうを忘れる人もあるし、みな真剣に失敗していますよ。(笑)
           ◇
(下)に続く

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