見出し画像

完全否定できないのが詐欺話の要諦ー現代にまで続く日本海海戦の黄金伝説

 日露戦争の山場、1905(明治38)年5月の日本海海戦。ロシアのバルチック艦隊が日本の連合艦隊に壊滅させられたこの海戦には、黄金伝説が付きまとってきました。1932(昭和7)年にニューヨークタイムスが巡洋艦ナヒモフを「金貨を満載した艦隊の会計艦だった」と報じたのを機に、日本ではさまざまなナヒモフ号引き揚げ団体が生まれ、それぞれが出資金を集めて金塊引き揚げに乗り出す騒ぎになりました。
 そして満州事変中だった1933(昭和8)年1月18日の信濃毎日新聞は、日本海海戦で沈められたロシア軍の軍艦「ナヒモフ号、対馬沖で発見」と報じています。すると、早くも2月18日の紙面に「ナヒモフ号引き揚げ計画 6億円の金貨見込む」との動きが続報として掲載されています。

 さまざまな団体が立ち上がり、一攫千金を狙って出資者を集め作業に入ろうとしますが、中には怪しいものもあったようで、同年9月の紙面では資金10万円を集めながら横領したと追及される記事も。信州戦争資料センターは、1932年に発足して少なくとも1935(昭和10)年まで活動を続けた「ナヒモフ号積載金貨引揚後援会」の資料を入手しました。

ナヒモフ号引き揚げ団体の報告書など

 出資者の1人にあてたもので、封筒と、追加資金の振込用紙、それに1935年12月8日付の報告書です。これによりますと、1933年や34年は天候などの問題で空費しましたが、1935年は船体の爆破を繰り返して内部の調査まで行い、スクリューなどを引き揚げたとしています。

追加資金を求めるにあたって、配当を引き上げ、総利益の3割にするとの要項
爆破など作業開始の様子。ナマコを捕まえ金塊の俗称で演技が良いと。
爆破60回とか、かなり荒っぽい作業。これがあだで艦内に堆積物が

 この年の前半は比較的順調だったものの、後半は潮流の問題が生じた上、潜水作業員が心臓麻痺を起こして死亡、作業前に焼酎を飲んでいたとか。状況の改善には至らなかったものの、厳重な荷造りセルを巻いた箱が二つあったとか、次への期待を少し見せます。

潜水作業員が市況という思わぬトラブル
本年度作業休止も、期待を持たせる。

 そして、現場の報告書に合わせて現状を説明する文では、このまま解散すればゼロだが、さらに出資してくれれば配当も引き上げると誘っています。特に、二つの厳重な木箱を例に出し。しかし、この手紙を受け取った主は、ここで夢からさめることにしたのでしょう。まわりまわって、今ここに。

無記入で終わった振込用紙

 ほかにも戦艦スワロフ、巡洋艦リューリック、輸送船イルティッシュと、さまざまな艦名が出ては夢だけ掻き立てていました。1980(昭和55)年には笹川良一氏が30億円を出し数年かけてナヒモフ号の金塊探しをやりましたが、これもうまくいかなかったようです。
           ◇
 そして2018年8月8日の信濃毎日新聞。韓国企業が投資詐欺疑いで捜索を受けたとの記事があったのですが、これがその日本海海戦関係でした。記事によると、巡洋艦ドミトリー・ドンスコイが韓国領海で見つかり、巨額の金貨や金塊があるとのうわさがあったことから「財宝船」と騒がれていたと。この船を見つけた会社が、金塊を担保に仮想通貨を発行する投資金を集めたのが詐欺の容疑だとのことでした。

 確認できない話は、うそだと思えても完全に否定はできないという、人間の心理をうまく突く話です。山下財宝をフィリピンで探していて捕まった話もありましたしね。それにしても、沈没艦の金塊と仮想通貨という組合せ。そこに「ある」と信じることだけが存在を支えているという意味で、なかなかよくできた話。庶民には、夢は夢のままが良いようです。

ここまで記事を読んでいただき、感謝します。責任を持って、正しい情報の提供を続けていきます。あなた様からサポートをしていただけますと、さらにこの発信を充実し、出版なども継続できます。よろしくお願いいたします。