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文系と理系の判断基準の違い(3)

ここまで「文系と理系」の異なる特性について解説しましたが、現実の社会は価値観が多様で、個人差もかなり大きいと思われます。(文系出身のプログラマー、理系出身のセールスマンも大勢いらっしゃいますし・・・)

いずれにせよ、見解の相違を安易に「敵/味方」といった関係に結びつけると、適切な意思決定が難しくなります。これを乗り越える際の「障壁」について、いくつか確認しておきます。

1.観点や受け止め方が異なれば、評価は正反対になり得る。

アルキメデスが湯船の中で「ひらめいた」時に叫んだと言われる(?)言葉「エウレカ」を語源とする「ヒューリスティックス」という専門用語があります。

「エウレカ」は、「私は(それを)見つけた」を意味する古代ギリシャ語εὕρηκα heúrēka に由来し(中略)、問題解決、学習、発見のための経験ベースのテクニックを指すヒューリスティックと密接に関連しています。

https://en.wikipedia.org/wiki/Eurekaの訳

複雑な計算式を簡略化する「発見的手法」として、計算時間の短縮や負荷軽減などの「効果」が得られるため、技術書などではポジティブなニュアンスで用いられている用語です。
しかし昨今では、こうした「直感」は認知バイアスや誤謬を引き起こす「犯人」扱いされるようになり(特に行動経済学や心理学、脳科学などの分野では)ネガティブなニュアンスで用いられることが多くなっています。

  • 計算機科学:発見的手法 → ヒューリスティックスのポジティブ面

  • 行動経済学:認知バイアス → ヒューリスティックスのネガティブ面

同じ概念や用語であっても、観点や受け止め方が異なれば正反対の評価になってしまう一例です。便利で役に立つ道具ほど「諸刃の剣」であるため、利活用において賛否の対立を引き起こしてしまいます。

他にも「コンプライアンス」の意味は「法令遵守」で定着していますが、工学では「柔軟性、しなやかさ」を表す専門用語です。規約を「厳格に守る」頑として寄せつけないイメージを持つ人には、「柔軟に受け容れて要件を充す」姿勢の対応は、受け入れ難く感じる場合もあると思います。

2.両陣営のアプローチには組み込みの制限がある。

認知心理学者のゲイリー・クラインは、職人や専門家が緊急時に下す直観的な判断(経験による勘)について調査し、その認知プロセスを「NDM:自然主義的意志決定モデル」と名付けて有効性を認めました。  
これを批判したのが、行動経済学者のダニエル・カーネマンです。(この人こそが「ネガティブなヒューリスティックス」を広めた張本人!)
しかし、とても有意義なことに、主張の対立する両グループは協力して研究を行い、論文を共同執筆しました。その結果、「ほとんどの場合は、同意して共通の立場に収束する」ことが確認されています。

  • NDM派は、消防士や看護婦などを対象に調査しており、繰り返し業務に短時間でフィードバックが得られた場合、直観力や洞察力が磨かれる有効性を確認した。これらのプロは自分の専門領域以外のことに判断を求められても、容易に応じようとしない傾向があった。

  • その有効性を疑う認知バイアス派は、金融業界の成功者などを調査の対象としており、これらのプロは自分の専門領域以外についても、意見を述べたり判断を下すことに躊躇しない傾向があった。

こうして、双方の主張の違いや境界の存在を整理した上で、直感的な判断の「有効性と不確実性は相容れないものではない」と結論づけています。
(補足すると、NDM派の直感は「確実性を求める自然科学」に鍛えられた法則性に準じており、それを認知バイアス派は「可能性を求める社会科学」の立場から否定していました。両者の特性の違いを区別せずに、同じ土俵で論じることに、そもそも無理があったように感じられました。)

そして、カーネマンは論文の最後にもうひとつの結論として「両陣営のアプローチには組み込みの制限がある」と付け加えました。双方のグループのメンバー同士は、相手陣営からの指摘に偏見があると感じて、最後まで反発し合っていたそうです。

私たちの取り組みが、共通のテーマに両コミュニティーの洞察をもたらすという点で、私たちができる以上のことを他の人々が行うのに役立つことを願っています。

Conditions for intuitive expertise: a failure to disagree. D. Kahneman, Gary Klein

カーネマンは暗に「ここにも認知バイアスが潜んでいる」と指摘したかったようです。そして「副作用をもたらす要因」になると警告しています。

3.意思決定のプロセスには「主張型」と「探求型」がある。

ハーバード・ビジネススクール教授のディビッド・ガービンとマイケル・ロベルトは、意思決定のプロセスを調査して「主張型(advocacy)」と「探究型(inquiry)」のふたつのアプローチについて分析しました。
双方の違いをざっと整理すると、以下のようになります。

  • 主張型:競争、敵対関係、相手側のアイデアを殺す、勝者と敗者に二分

  • 探求型:共同作業、代替案の受入れ、より優れた結論、全体としての決定

組織における意思決定のプロセスとして、どちらが適しているかは言うまでもありませんが、情緒的な対立に陥りやすい「主張型」について、以下のように注意を促しています。

このような状況では、両者の意見の食い違いは、往々にして歩み寄りが難しく、敵対関係すら生み出しかねない。誹謗したり、エゴが入ってきたりすると、意地の張り合いや裏舞台での工作も始まってくる。

プロセス重視の意思決定マネジメント HBR, September 2001.

このため「探求型」の認知的な対立を意識して(感情とは区別して)議論することを推奨し、その具体的なノウハウや注意点を紹介しています。
しかし、ここでの大きな問題は「裏工作などは意思決定プロセスの外側で行われるため制御できない」点にあります。言い換えると、組織における意思決定ではプロセスの遵守が大きなポイントになります。

まとめ

以上3つの例を紹介しましたが、異なる価値基準を公正に評価しようとした場合、こういった乗り越えなければならない「壁」が存在します。

意見の調整に要する労力や時間的な制約を考えると、異論反論は「主張型」で押し切ったり、裏工作などで封じ込める方が、手っ取り早く、容易に片付くように感じられます。
しかし、パワーゲームでその場を切り抜けても、予見された事故やトラブルは後から必ず発生します。そのリカバリーに要する損失(組織に与える経済的なダメージ)は、事前に手を打った場合の何倍にも大きく膨らむ可能性があります。

Take off your engineering hat and put on your management hat.(技術者の帽子を脱いで,経営者の帽子を被りたまえ。)

経営者の帽子・技術者の帽子 ~スペースシャトル・チャレンジャー号事件〜

相手の主張に耳を貸さずに結論を急ぎたがる人、相手を打ち負かしたい誘惑に負ける人は後を絶ちませんが、本来それは「文系か理系か」と直接的な因果関係はありません。しかし、技術的な知見に対するリスペクトや、物理的な制約に対する理解力は「理系の経験値」と結びついています。
間接的にもたらされる影響は、小さくないようにも感じています。

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