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「変化と思想信条」について学んだこと

昨年の春先まではアメリカ大統領選に関心があったのですが、トランプ劣勢に伴うゴタゴタが起き始めた頃にはすっかり冷めていました。きっかけは、渡辺靖さんのこの2冊を読んだ影響だと思います。

アメリカの内政について認識を改めると共に、「ノーランチャート」で自分自身の(政治的な)立ち位置を確認できたのが大きかったです。

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ノーランチャート

そもそもは「自由主義」について、混乱しがちな「政治的な自由」と「経済的な自由」を整理したくて、ハイエクから学ぼうとしました。(見事に深みにハマりました・・・)どうやら過去の「自由主義」提唱の背景には、当時の社会が陥りがちだった「全体主義」への警告(反動)があったようです。

ハイエクが提唱していたのは、状況に応じた統制を良しとする「条件付き自由」であって、アナーキーな無政府主義や「自由放任(レッセフェール)」な新自由主義でもありませんでした。

この位置付けを明確にするために、あえて「急進的な自由主義」について書かれた本にも目を通してみました。

これらは、SFのマッドサイエンティストのようで全く共感できませんでした。「人を幸せにするテクノロジー」だからこそ推進する意義があるわけで、現状の社会システムの破壊が「目的化」するのは、理解できないし理解したいとも思いません・・・。

こうして相対的に考えてみると、自分が求めてきた「自由主義」は、政治的にも経済的にも「穏健派」であって、中道に近い「やや自由主義者」のポジション(ノーランチャートで中道左派?)なのだと確認できました。

確かに、ぼくはこれまで「特定の政党支持でなく、個々の政策に是々非々で賛成/反対を表明したい」と考えてきました。「有権者の票をいかに獲得するか?」という観点からは、バランスを重視する中間層は「浮動票」扱いされて、消極的で優柔不断な印象すら感じられるでしょう。

これは、右派や左派から見た「スピリチュアルレフト:精神的左派」の相対的な評価にも通じるのではないでしょうか?

アメリカ大統領選で、赤と青のオセロゲームを見守って熱くなることは本質ではないように思うに至りました。結果的にバイデン勝利でしたが、それによって「何がどう変わるのか」に注目していきたいと思っています。

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