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コミュニティ経済と地域通貨


コミュニティ経済と地域通貨

 本書は、地域通貨の意義と可能性を論じることを目的としている。今から20年ほど前に起きた日本での地域通貨のブームはすでに過ぎ去って沈静化した、と思う読者もいるかもしれない。だが、ここ数年の間に地域通貨に対する期待が再び高まるようになった。地域通貨は時代遅れの古めかしい取り組みでは決してない。人々はその可能性に改めて目を向け始めている。いまや地域通貨の新たな取り組みが次々と生まれている。ここでは、主に2つの注目すべき出来事について述べておきたい。まず、地域通貨の取り組みが多様化してきたことに注目して欲しい。地域通貨はこれまで、住民同士の助け合いや商店街活性化のためのツールとして活用されてきた。が、ここ数年の状況を詳しく観察してみると、子どもの経済教育、森林資源の利活用や移住者コミュニティの活性化等を目的とした新しいタイプの地域通貨が登場してきたことがわかる。こういった地域通貨の取り組みは、一過性で終わってしまうものではなく地道に発展してきた。そして、それぞれのコミュニティに定着してうまく機能しているのである。次に、地域通貨の電子化という現象に注目して欲しい。スマートフォンやタブレット等の電子媒体に専用のアプリケーションソフトをダウンロードして地域通貨を活用する仕組みが、急速に広まりを見せつつある。例えば、世界では、英国の紙幣・電子併用型地域通貨「ブリストル・ポンド(Bristol Pound)」が有名である。ホームページを参照すると、ブリストル・ポンドがイギリスでもっとも成功を収めた地域通貨であるということがわかる。このサイトの情報によれば、これまで500万ポンド以上のブリストル・ポンドが使われ、8万以上もの取引がおこなわれたという(Bristol Pound)。日本では、飛騨信用組合が発行している「さるぼぼコイン」が注目に値する。この地域通貨は主に地域経済活性化を目的として発行され、高山市・飛騨市・白川村の加盟店で使うことができる(飛騨信用組合)。消費者が現金でさるぼぼコインをチャージし、加盟店の二次元コードを読み取り決済をする仕組みが使われている。誰でも簡単に利用可能な新しいかたちの電子地域通貨が誕生したと言ってよいだろう。また、感謝の循環によるコミュニティ経済の創出と活性化を目指す「PEACE COIN」という興味深い試みも開始された(PEACE COIN)。これは、これまで十分に評価されることのなかった家事労働や地域コミュニティにおける活動を適切に評価する仕組みづくりを目指す。こうした電子技術をうまく活用した地域通貨は、今後さらに広まりを見せていくに違いない。地域通貨は新たな展開を見せ始めつつある、と言ってもよいのではないだろうか。地域通貨の可能性を改めて考えるためにも、これまでの研究を総括しつつ新しい研究を進めていく意義は十分にあると考える。

本書は以上のような動向を念頭に置きつつ、地域通貨の意義と可能性を考察していく。私は、この問題に取り組むために社会科学の様々な手法を駆使してゆく。経済思想史、社会学、社会心理学、開発学や教育学等の知見を取り入れた学融合的なアプローチから地域通貨の可能性に迫っていきたいと思う。本書が特に力を入れたことは、地域通貨の意義や課題が一体どこにあるのかということを実際に確かめて、その可能性を探っていく点である。そのために、本書では地域通貨の仕組みを紹介することだけにとどまらず、利用者の意識・行動の変容にも目を向けている。なぜなら、地域通貨の意義や課題を認識できるのは、利用者自身に他ならないからである。私が経済学だけでなく人間を扱う様々な隣接学問の成果も取り入れつつ研究を進めてきた理由はそこにある。そういうわけで、本書は地域通貨のマニュアル本ではないということがわかるだろう。マニュアル本であれば、「こうすれば地域通貨の事業をスムーズに立ち上げることができる」、「こうすれば地域通貨は成功する」、「こうすると地域通貨は停滞してしまう」等について説明がなされるに違いない。だが、本書はこういったことについてはあまり深く論じない。本書は、読者の皆さんと一緒に地域通貨の意義や可能性について考えていくための本である。

では、本書の内容と構成についてざっと述べておこう。本書は、私の博士論文と既出の共著論文を見直して大幅な加筆・修正を加えて書いたものである。とはいえ、以下で紹介するように、本書は書下ろしの章が半分以上を占めるために、いくつかの論文を単に寄せ集めたものではない。この本は様々な観点から地域通貨について論じた一冊の本である、と理解していただけると嬉しい。本章は8章と終章から構成される。以下に初出の一覧を示しておく。


第1章 書下ろし

第2章 Miyazaki, Y. and Kurita, K.(2018b)“The Diversity and Evolutionary Process of Modern Community Currencies in Japan,” International Journal of Community Currency Research 22, pp.120-131.

第3章 北海道大学大学院経済学研究科博士学位請求論文「地域通貨プロジェクトの効果と課題——学際的アプローチに基づく地域コミュニティ活性化の評価と考察」

Kurita, K., Miyazaki, Y. and Nishibe, M.(2012)“CC Coupon Circulation and Shopkeepers’ Behaviour: A Case Study of the City of Musashino, Tokyo, Japan,” International Journal of Community Currency Research 16, pp.136-145.

第4章 書下ろし

第5章 北海道大学大学院経済学研究科博士学位請求論文「地域通貨プロジェクトの効果と課題——学際的アプローチに基づく地域コミュニティ活性化の評価と考察」

第6章 書下ろし

第7章 Miyazaki, Y. and Kurita, K.(2018a)“Community currency and sustainable development in hilly and mountainous areas: a case study of forest volunteer activities in Japan,” In Gómez, G.M. (ed.) Monetary Plurality in Local, Regional and Global Economies, Routledge, pp.188-201.

第8章 書下ろし

終 章 書下ろし


既出の論文を見てもらえるとわかるように、私のこれまでの研究は共同によるものが多い。そのため、本書は共著論文の成果を一度再検討して、自分なりの新たな視点・論点をたっぷりと加えて論じることとした。本書の特徴は、どの章も基本的には個別の内容を扱うのでどこから読んでも問題はない、という点にある。ただし、章によっては他の章と関連性を持つこともある。例えば、3章から5章まではコミュニティ・ドックを活用した地域通貨の研究について論じている。それゆえ、3章から5章までは合わせて読むと理解がより進むであろう。

各章の内容を簡単に述べておこう。1章は、経済、コミュニティと地域通貨の定義をおこない、コミュニティ経済のヴィジョンについて論じる。この章は、私が考える地域通貨の可能性について述べることになる。2章は、地域通貨の歴史と展開について紹介していく。地域通貨はなぜ生まれ、どのように発展してきたのか、ということについて経済思想史や実践の歴史を調べながら詳しく論じてみたい。3章は、コミュニティ・ドックを活用した地域通貨の実証分析をおこなう。むチューという商品券型地域通貨の効果と課題について詳細な分析を試みる。4章では、既存の研究成果を活用しながら地域通貨の経済効果について論じていく。社会心理学という観点から地域通貨の意義を論じるのが5章となる。この章では、報酬意識という新しい概念を使って考察を深めてみたい。6章は、子どもの経済教育のための地域通貨を取り上げる。ここでは、教育効果という観点から地域通貨について詳しく論じていこう。7章では、森林資源の利活用を目的とする地域通貨に注目する。この章は、中山間地域の活性化という観点から地域通貨の可能性を探っていく。8章は、移住者コミュニティの経済を共創し活性化する地域通貨LETSを取り上げる。旧藤野町で実践されている地域通貨のフィールドスタディの成果を詳しく紹介したい。終章では各章の分析の成果を簡単にまとめ、地域通貨の可能性をとらえ直す。

このように、本書では様々な方法を使っていろいろな視点から地域通貨について論じていく。それゆえ、この本の専門領域をはっきりと言い切ることは難しいであろう。だが、貨幣革新を目指す地域通貨を論じるためには、これまでの社会科学の成果をいろいろと活用する分野横断的な視点がどうしても必要になる、と私は考えている。そうすることによって、地域通貨の意義と可能性について深く考え未来を展望できるようになるのではないか。


2020年2月  

栗田 健一

  
目  次


はしがき  ⅰ



第1章 いま問われるべきコミュニティ経済のヴィジョンと地域通貨の役割 1

1-1 はじめに 1

1-2 経済とは何か? 2

1-3 市場と国家による富の豊かさの実現と限界 4

1-4 コミュニティ経済とは何か? 9

1-5 地域通貨の機能、発行目的と発行方式 13

1-6 地域通貨を活用したコミュニティ経済のヴィジョン 18

1-7 本書で扱う地域通貨の事例の特徴 23

1-8 結 論 25

コラム① 不便ではあるが倫理的な地域通貨は受け入れられるだろうか? 27



第2章 地域通貨の歴史と展開 31

2-1 はじめに 31

2-2 地域通貨の思想と実践の歴史 32

 2-2-1 労働証券(19世紀前半) 32

 2-2-2 減価する貨幣と社会信用(19世紀末~20世紀前半) 35

 2-2-3 決済貨幣と商品準備地域通貨コンスタント(20世紀中頃~後半) 42

2-3 現代における地域通貨の展開(世界編) 46

2-4 地域通貨の発展史(日本編) 50

 2-4-1 量的調査が示す地域通貨の動向 52

 2-4-2 第1期 相互扶助の促進(1970年代~) 54

 2-4-3 第2期 非商業取引と商業取引での活用(2000年頃~) 57

 2-4-4 第3期 地域通貨の新たな展開(2000年頃~) 58

 2-4-4-1 教育×地域通貨 59

 2-4-4-2 林業×地域通貨 60

 2-4-4-3 移住者コミュニティ×地域通貨 60

 2-4-4-4 感謝の循環×地域通貨 61

 2-4-4-5 信用組合×地域通貨 63

2-5 結 論 66

コラム② 経済人類学の貨幣観からみた地域通貨 67



第3章 コミュニティ・ドックによるコミュニティ経済の共創と活性化の分析——地域通貨「むチュー」の事例研究 71

3-1 はじめに 71

3-2 コミュニティ・ドックはどのような社会調査なのか? 73

 3-2-1 コミュニティ・ドックの基本的な考え方と地域通貨研究における意義 73

 3-2-2 コミュニティ・ドックの進め方 74

 3-2-3 コミュニティ・ドック実施までの経緯とチーム編成 77

 3-2-4 コミュニティ・ドックの調査内容 79

3-3 武蔵野市中央地区の特徴とむチューについて 80

 3-3-1 武蔵野市について 80

 3-3-2 中央地区の地域特性 81

 3-3-3 地域通貨の導入背景 82

 3-3-4 中央地区の地域通貨流通スキーム 85

 3-3-5 むチューの発行額と換金額 86

3-4 むチューによって住民の意識と行動に変化は生じるだろうか? 88

 3-4-1 アンケート協力者のサンプリング方法と社会属性 90

 3-4-2 むチューの理解度と受容意識の変化 94

 3-4-3 むチューによる団体間の連携強化 101

 3-4-4 住民の購買行動と商店街に対する見方の変化 105

 3-4-5 住民の購買行動の変化 106

 3-4-6 商店に対する住民の意識の変化 110

3-5 むチューの換金行動からみた地域経済活性化効果の分析 116

3-6 住民への調査結果のフィードバックと自己点検 124

3-7 コミュニティ経済の共創と活性化に対するむチューの貢献と課題 129

3-8 結 論 131

コラム③ 地域通貨の複数回流通を増やすためには? 136



第4章 地域通貨の流通経路からみた経済活性化効果の分析 139

4-1 はじめに 139

4-2 地域通貨の流通速度 140

4-3 地域通貨の流通ツリーの比較分析 144

4-4 地域通貨の流通ツリーをどのように活用できるか? 150

4-5 結論 151

コラム④ 経済の循環からみた地域通貨の役割 153



第5章 心理的なアプローチからみた地域通貨の意義とは? 156

5-1 はじめに 156

5-2 報酬意識の調べ方と調査の実施について 160

5-3 住民の報酬意識の特徴 163

5-4 心理的な観点からみた地域通貨の意義 169

5-5 報酬意識のコミュニティ・ドックへの活用と研究上の課題 171

5-6 結 論 172



第6章 子どもの学びを支援する地域通貨の意義と可能性——地域通貨「戸田オール」の事例分析 174

6-1 はじめに 174

6-2 子どもの経済教育の展開 176

6-3 幼少期の経済教育の重要性 178

6-4 オールの誕生と発展 183

6-5 子どもは地域通貨をどうとらえているのか? 190

6-6 子どものオールの入手先と使い道 194

6-7 子どものコミュニティ経済の共創と活性化を目指すオールの可能性 196

6-8 結 論 198

コラム⑤ 子どもは地域通貨についてどのように考えているのだろうか? 201



第7章 中山間地域の林業と地場産業を活性化する地域通貨「モリ券」 204

7-1 はじめに 204

7-2 高知県いの町の概要と救援隊の活動 207

7-3 モリ券の発行・流通・償還の仕組み 210

7-4 モリ券使用のユニークな決まり事 212

7-5 モリ券に対する意識と地域社会の変化の感じ方 215

7-6 モリ券によるコミュニティ経済の共創と活性化 218

7-7 結 論 219



第8章 移住者コミュニティの経済を共創し活性化するための地域通貨LETS——相模原市旧藤野町の地域通貨「よろづ屋」のフィールドスタディ 221

8-1 はじめに 221

8-2 よろづ屋の理念と仕組み 224

8-3 旧藤野町の発展史とよろづ屋の誕生 229

 8-3-1 旧藤野町の概要と特徴 229

 8-3-2 芸術としての教育を進めるシュタイナー学園 232

 8-3-3 トランジション藤野とよろづ屋の誕生 235

 8-3-4 旧藤野の歴史からみたよろづ屋の特徴 240

 8-3-5 よろづ屋が機能する理由 244

8-4 よろづ屋のメンバーはLETSのマイナスをどう認識しているのか? 246

8-5 よろづ屋によるコミュニティ経済の共創と活性化 249

8-6 結 論 251

コラム⑥ メンバーはよろづをどう活用しているだろうか? 253



終 章 地域通貨の可能性をとらえ直す 257



あとがき 267

参考文献 272

索 引 285

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