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本と旅する京都 第弐回源鳳院

慌ただしい毎日のなかで、心を落ち着ける時間を本とともに過ごす。最近、少し本との付き合い方が大人になったような気がします。同じように、昔はせっかくの京都だからと綿密に計画を立て、あちらこちらを訪れた観光地を本を携えじっくりと楽しむ。自分の心と向き合いながら、ゆったりとした時間を過ごす、SENSE OF WONDERの本と旅する京都のご提案です。

悠久の時の流れのなかで想いを馳せる

コロナ禍に突入して3回目の秋。やっと海外からの観光客が、にぎやかに京都の街を歩く姿を目にするようになった頃、私たちは左京区岡崎の閑静な邸宅を訪れました。

くぐるとチリリンと涼やかな鈴の音が鳴る暖簾

京都のなかでも人気の観光スポット岡崎周辺にありながら、ここは時の流れが違うのか、静謐な空気が流れています。門に下げられた青海波の暖簾には鈴が縫い付けられ、お神楽の鈴のように邪気を払うような涼やかな音が耳をくすぐりました。

はらりと紅葉舞う庭は一幅の絵のよう

門のなかは、掃き清められたお庭に数寄屋造の伝統の和風建築が目に入ります。


源鳳院の由来を丁寧に教えてくださる、衣紋道山科流 30 代家元後嗣山科言親(やましなときちか)さんと、女将の加藤由紀子さん

ここ、源鳳院は1920年山科言綏(ときまさ)伯爵により建築された、宮中の雅やかな伝統が息づく旧公家の邸宅です。山科家は、公家の家職として、(宮廷)装束の調進と着装をする「衣紋道 山科流」を今に伝えるとともに、宮中の文化を現代へと継承しています。そして、泊まれる和の文化施設として、国内外のゲストを迎えているのです。

雅やかな装束や屏風にうっとり

山科家に伝わる装束や屏風を拝見させていただき、100年前の邸宅を想い、1000年前の宮中を偲びながら、目には見えないけれど、確実にここにある時の流れを肌で感じました。そして、翠さんがふと開いた本はこの邸宅のように100年以上もの時を生きた篠田桃紅さんの『人生は一本の線』

『人生は一本の線』篠田桃紅/著
墨を用いた抽象表現を得意とした
女性芸術家、故・篠田桃紅さんが
数えで104才になられた時に出された作品集です。
生涯独身を通し、107才で天命を全うする直前まで表現に向き合った桃紅さんの言葉。
同じ性を生きる先輩からの想いや、生き方、メッセージ。
作品と言葉で構成されたこんな本こそ今回の旅先にぴったりだなと選書しました。
私が桃紅さんの作品を初めてみた場所も源鳳院でした。

ーー 私は
こういう線を引きたいと思って
一本の線を引いた。
しかし現実にできた線は
思った線とは違う。
人生も同じ。
人は、
こういうふうに生きたいと思って、
しかし現実の人生は違う

私の引いた一本の線は言い訳ができない。
逃げ隠れも一切できない。
どこにも、誰にも、
責任をなすりつけることができない。
一本の線は、私と一体になっている。
私そのもの。
あなたの人生も、一本の線。ーー


自身の引いた一本の線に対して
大きく見積もることも
小さく見誤ることもなく
逃げも隠れも、言い訳もしない。

ただ、あるがままに生きることは
ある種とても現実的であり
見えない采配と共に生きることなのかもしれない。
私が、今思うこと。
これから先もまた自分と共に
ただ、感じたままに線を引こう。
そしてその先でどう何を思うかは
ただ、楽しみにしていればいい。
そんなことを、一人本と旅をしながら想う。

ーーたまたま
ぜんぶ運命なんですよ。
こういう人間に生まれてきた、
というのも運命だし、人との出会いも運命だし、
運命っていうのは、誰がつかさどっているのか、
誰もわからないし。
天地の大自然の運行で、
自然とそうなっているだけでしょう。
日本語で「たまたま」と言うでしょ。
たまたまそうなった、というだけですよ。ーー

あなたの、たまたまの旅に
しみじみ広がる喜びの感覚がありますように。

松尾翠

七代目小川治兵衛が手掛けた庭園には、確実に意思を持って引かれた線のように、自然にみえながらも計算されつくした『美』が圧倒的な存在感でありました。折しも、言親さんが「今年の源鳳院の紅葉は今日が一番美しいのではないでしょうか」とおっしゃるのを聞き、今日ここを訪れたのも「たまたま」。でも、それが「運命」。なんて、感じるのも嬉しいものです。

お茶をいただきながら、本を手にお庭を眺め
「100年前の日本と考えるとなかなかイメージがつかないけれど、ここに座ってこうしてお茶をいただき、風の音に耳を澄ませながら過ごすこの静寂の感覚は、100年前ここで過ごされていた山科家の方々が感じていたものと同じなのかもしれないと思う。
ここは静かで、深い。
時代は変われど、同じ場所で、たゆたう。
こんな豊かさこそ、大人になったからこそ味わえる京都の醍醐味だなぁと感じます。」と翠さん。

リラックスしながらも、なんとなく背筋の伸びる縁側

千年の都「京都」。計り知れない悠久の時の流れを少しだけ垣間見れるような源鳳院でのひと時は、自分がなぜこんなに短い1分1秒を焦っていたのか、笑ってしまうくらい落ち着いた気持ちにさせてくれる空間でした。

柔らかな木漏れ日が落ち着く共有のライブラリールーム

こちらの宿泊は、本邸に3室、離れに1室の計4室。どの部屋からも違った角度のお庭を眺めることができるプライベートな空間です。
翠さんのお気に入りは、落ち着いたBARのようなライブラリールーム。ゆったりとお茶や、時にはワインやウィスキーを片手に本のページをめくるのも贅沢な時間です。
願わくば、こちらの離れに宿泊させていただき、都会の喧騒とはちがった時の流れに身を任せゆったりと過ごしてみたいものです。

山科伯爵邸 源鳳院
住所 京都市左京区岡崎法勝寺町77
アクセス 京都市営地下鉄東西線「蹴上」駅より徒歩約15分
     「京都」駅よりタクシーで約20分
チェックイン 16:00(最終チェックイン21:00)
チェックアウト 10:30
詳しくはホームページをご確認ください
https://www.genhouin.com/

出演=松尾翠 撮影=若松亮 文=佐賀裕子 本のレビュー=松尾翠 スタリング=Madam Yumiko


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