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主体的に学習に取り組む態度と非認知能力


不透明で不確実な時代(VUCA時代)に突入している現代。これからますますその流れは急激に進んでいく事だろう。もはやテストでいい点を取ればいい時代は終わりを告げている。これからの時代に必要とされるのは、偏差値やIQなど目に見える認知能力(目に見える学力)ではなく、粘り強く頑張る力、やり抜く力や学習志向性など目に見えない「非認知能力」(目に見えない学力)であるとよく耳にする。その注目度もますます高まり、関連書籍も多く出版されている。


 学習指導要領の3つの資質能力で考えた場合、「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力」は認知能力なのに対し、「学びに向かう力、人間性等」は非認知能力であると理解できる。非認知能力が極めて重要であるにも関わらず、これまでの学校教育では知識、技能、思考力・判断力・表現力をどう育成するかに目が行き、学びに向かう力をどう育むかの視点が二の次になっていなかっただろうか。

 主体的に学習に取り組む態度=非認知能力がこれまで育成が図られてこなかったのは、授業研究が主に教科研究だったことと大きく関係しているように思う。教科研究だと、どうしてもつけたい力が指導要領の指導事項に応じて教科における知識・技能だったり思考力・判断力・表現力だったりするからだ。そうすると、必然的に授業で見られる観点もそこになってしまう。授業者は、主体的に学習に取り組む態度について指導案に記載する際、単元の目標や評価規準におまけのように記述していなかっただろうか。


 教科の単元の中で主体的に学習に取り組む態度を育成するためには、当然知識・技能や思考力・判断力・表現力を育成することと大きく関わってくる。なぜなら、知識・技能を働かせて思考・判断・表現する中で主体性を発揮するからだ。主体的に学習に取り組む態度がそれ単体として取り出すのではなく、思考判断表現と「一体的に」評価するとされているのもそのためだ。


 したがって、知識技能はペーパーテスト等で計れるが、思考力判断力表現力はパフォーマンス評価するのが相性がよく、その取り組み方を主体的に学習に取り組む態度として評価する。


 そのように考えると、AACやCCAがあり得ないというのはよくわかる。前者の場合は、全く主体的に取り組む態度が評価できないのに、パフォーマンス評価において知識・技能、思考力・判断力・表現力が優れていることはあり得ないし、後者も主体的に取り組む態度が優れているのに、知識・技能や思考力・判断力・表現力が全くできていないとは考えられないからである。


 思うにこのような評価になり得てしまうのは、業者テストのみをもって評価してしまうからではないか。普段の授業は全く取り組まないのに、テストの点は取れるとか、テストの点は取れないが、真面目にノートをとるなどして頑張っているといったように。

 他にも例えばAABなら、それは学習者にとってパフォーマンス課題が容易すぎたことが推察できるし、BBAなら教師の支援が足らなかったことが推察できる。このように、色々な組み合わせのパターンを考えて、なぜそうなり得たかを考えてみるのも面白いかもしれない。いずれにせよ、そのような原因を考える中で教師が指導を見直したり、子供自身が自ら学習への向き合い方を再考するように評価を生かしていかなければならない。指導と評価の一体化とは、その意味である。

 主体的に学習に取り組む態度は目に見えない力のため評価が難しいとされる。ぜひみなさんの考えもお聞きしたい。

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