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はたらく街、下北沢のコワーキングスペース: BONUS TRACK MEMBERSの場合

下北沢から世田谷代田方面へ下っていくと見えてくる、印象的なダルマのマークとBONUS TRACKという文字。個性豊かな飲食店や物販店、コワーキングスペースやシェアキッチン、広場やギャラリーを備えたこの施設がオープンしてから、今年で4年目。昨年大流行したフジテレビドラマ『silent』の撮影地にも使われたり、下北沢の新たな人気エリアとして、メディア露出などの機会も多くなっている。
 
「ここのところ、遠方からいらっしゃる方がすごく増えた気がしています。私が入社してすぐは、コロナ禍の本当に真っ只中だったので。主にご近所の方たちが、お出かけに来てくださっていましたね」
 
そう話すのは、BONUS TRACKのコワーキングマネージャーとして働く塚崎りさ子さん。2020年9月から、BONUS TRACKの不動産屋として施設管理・運営を行うomusubi不動産に入社し、ずっと施設と並走してきた人物だ。

BONUS TRACKのコワーキングメンバーが利用できる設備は、主に二ヶ所。一つは下北沢駅寄りにある一番大きな建物の2階にあるBONUS TRUCK LOUNGE(以降、LOUNGE)。本屋B&Bの隣にあり、大きな長机と開放的な窓が特徴的なフリーアドレスのエリアだ。
 
もう一つは、その二つ隣の建物に位置する1階にキッチン、2階にミーティングルームと個人ブースを備えたBONUS TRUCK HOUSE(同、HOUSE)。もちろんこのほかにも、天気がいい日は広場の机でパソコンを開いたり、数人で会議を行っているメンバーの姿もしばしば見ることができる。

広さ以上にゆとりを感じるLOUNGE。この日も何人かのメンバーが
適度な距離感を保ちながらそれぞれの仕事に取り組んでいた。
HOUSEの1Fは、ちょっとしたミーティングに使う人もいれば、作業に没頭する人も。つながっているキッチンでは、料理に関するイベントが頻繁に開かれ、メンバーもそうでない人も同じテーブルを囲んで談義に花を咲かせている。

「BONUS TRACKのコワーキングスペースを見学に来られる方にはあらかじめ、『仕事をするために整えられた、落ち着いていて静かな場所』ではないかもしれません、とはお伝えしてます。もちろん仕事をするための設備は揃っていますが、道に面しているから人通りもあるし、店舗のお客さんもいるし。個人ブースも完全防音ではありませんし。
 
けれどLOUNGEの大きな窓からは風が入って、ふと顔を上げればいい景色が見える。電話するために外に出れば、緑溢れる道にも面している。お腹が空けば美味しいお菓子もごはんも買えるし、エリア内で行われているポップアップやイベントにもふらっと参加することができる。そういう、プラスアルファがたくさんある場所です」
 
近所の人たちが犬の散歩に通りかかり、お隣の仁慈保幼園に向かう子どもたちの元気な声が聞こえ、食事やお茶をしにやってきた様々な年代の人が広場に集う。世田谷代田駅と下北沢駅の間の住宅に囲まれたこのエリアは、下北沢駅前の賑やかさや活気とはまた違い、暮らしと商業施設が融け合う商店街のような空気感がある。

この日の取材もお昼時、ということでBONUS TRACK内の『お粥とお酒のANDONシモキタ』で
ご飯をいただきながら実施。ちょっとそこまで、の距離が近く、いつでもリフレッシュできる。

そういった施設としての自由度が高いこともあってか、LOUNGEでは書籍の校了作業や商品の発送業務、漫画執筆など、PCに向き合うだけでは完結しない仕事に没頭しているコワーキングメンバーの姿が見られることも多い。
 
「コワーキングの見学に来る方から『書道をしても大丈夫ですか?』と聞かれたこともあって。そういった相談にも、なるべく寄り添いたいなと思っています。個人事業主の方や、これから会社を設立される方など、みなさんのお仕事の段階に合わせて、ご相談に乗れることは対応できたらなと。ルールを決めすぎず、少し変わったお願いに対しても『どうすれば可能か』を考えたいなと思っています。
 
そういう運営が可能なのは、メンバーの皆さんがいい人だから(笑)。各々の仕事を尊重しながら、『お疲れ様です』と声を掛け合うくらいの距離感で仕事場にいる。そしてLOUNGEやキッチンで場を共にしながら、お互いゆっくり仲良くなっていくような人たちが自然と集まっています。

駅から少し離れて、落ち着いた雰囲気のある場所が生んでいる空気なのかもしれません。自分も含めて、ここにいる人たちは自由度の高い働き方をしている印象です。
 
なので、私も立ち話の延長線でメンバーさん同士をご紹介してつないだり、イベントにお誘いしたり、場を介しながら関係性が深めることができればいいなと思っています」

BONUS TRACK内を歩けば、すぐにどこからか声がかかる塚崎さん。

デスクワークをするためだけに整えられたオフィスではなく、仕事もできる居心地の良い場所と人。そんな表現がしっくりくるようなBONUS TRACKのコワーキングのあり方。そしてもう一つ、この場所の個性と言えるのが、イベントスペースとしてキッチンやスタンドが利用できるという点だ。
 
「オープン当初からアピールしているのは、ここが『売って試せる』スペースでもあることですね。キッチンで飲み会をしたり、ホームパーティーをしたり…内向きなイベントはもちろん、定期的なイベントや試食会、ポップアップを土日・平日問わず実施しています。HOUSEの外には道に面した屋台のようなSTANDもあるので、小売から飲食まで、さまざまな販売も行えます。
 
いわゆるコワーキングスペースと聞いて想像するのは、デスクワークやミーティングをするための場所だと思うんです。けれどBONUS TRACKは、営みを表現する場所でもあるんですよね。私はマネージャーとして、メンバーさんそれぞれが持つ『やってみたら楽しそうだし、発展が望めるのでは』を繋げる役割を担えればいいなというか。
 
実際、この3年間で色んなイベントをつくることができました。その積み重ねのおかげで、BONUS TRACKは『試せる場所』だという意識がたくさんの人たちと共有できつつあるかな、という感触があります」

キッチンや、STANDでは、日々様々な小さな「試み」が行われている。

そのイベントの一つとして塚崎さんが話してくれたのは、メンバー同士で結成された落語研究部の発表会。みんなで寄席に行く活動から一歩踏み込み、発表会をすることになったのだという。
 
「いろんな仕事をしているメンバーが、総出で舞台の制作から衣装着付け、練習を行なって発表会まで行いました。仕事未満の、『遊びの熱量を超えた遊び』を本気でやった良い例かなと。
 
素人落語会といえばそれだけなんですが、施設のオープン当初からキッチンを利用してくれていた『提灯東京』さんにフード出店してもらって、生ビールは地元のYショップ・サンカツさんに樽を持ってきていただいて。キッチン横のROOMをどうしたら高座に仕立てられるかを大人たちが一生懸命頭を寄せて考えて、告知もして…その結果、HOUSEの1階から人が溢れるくらい集まった景色は、忘れられないですね。」

オープンから3年以上が経ち、BONUS TRACKという名前も全国的に知られるようになった。同時に、コロナ禍が明けたことで人の流れが変わり、新たな節目を感じているという。
 
「2020年から2022年は催し物への制限も多くイベント運営は戸惑いも多かったです。一方でコワーキングは、会員数がとても多かった時期で。自宅でのリモートワークが合わない方たちが、ここを仕事場にしてくださっていました。
 
それが2023年からは、出社するようになったり、お店を開店したり、はたまた地方へ移住したり…メンバーさんのライフステージの変化を感じています。これまで頻繁に遊びに来てくれていた人たちも、行動範囲が広がったことでいらっしゃる頻度が少し落ち着きました。『やってみたい』と突発的に持ち込まれるイベントも、以前よりは落ち着いた感じもあって。きっと、去年までは行動範囲も仕事も制限されていたからこそ、気軽に『遊び以上のこと』を実験できたのかもしれません」
 
ライフステージが変わってコワーキングメンバーではなくなっても、定期的に遊びに来てくれたり、新たな繋がりを持って再訪してくれたりする人も多い。そんな働き方が多様化するメンバーに合わせて、今後は月額会員という括りだけでなく、関わりしろを増やせるような展開も構想中だという。

「遠くへ引っ越してしまった方でも、月に一度くらい来てくれるんです。コロナ禍の頃のように毎日ここへ来るわけではないけれど、『ここは居心地がいいから、定期的に遊びに来たい』と言ってくださる方たちがいると、この場所で働いてきてよかったとつくづく思います。
 
みなさんの働き方が変わったなら、それに合わせて変えていくことがあってもいい。例えば回数券を作ったり、ドロップインをしやすくしたり、これからいろんなアクセス方法を作れたらなと思っています」
 
塚崎さんが所属するomusubi不動産は、お米づくりを行っている少し独特な不動産屋さんだ。そんな稲作に例えて「一旦、稲作が一周したんですかね」と取材チームが問いかけると、こんな答えが返ってきた。
 
「そうかもしれません。今は、一旦最初の稲刈りが完了した状態なのかなと。これまでの三年間でいろんなことをメンバーさんと試しました。その結果、先行きの見えない情勢ながらも色んな出来事が起きて、この場所で何ができるか結構見えましたし。田んぼの収穫量も分かり、私自身も一連の流れが体得できました。
 
なので四年目は、また種まきから始めます。3年間の知見を踏まえメンバーさんを増やしていき、『やってみたい』を見つけ、イベントが成功するように並走していく…この流れを連続させていくことで、LOUNGEでは各々の仕事に向き合い、キッチンやSTANDにはいつも明かりが灯っているような、場が動いている状態を保っていけたらいいのかなと。」
 

【BONUS TRACK MEMBERS】
〒155-0033 東京都世田谷区代田2丁目36−12

コワーキングスペースの利用についての詳細は、施設ウェブサイトをご確認ください。

写真/村上大輔 取材・文/ヤマグチナナコ 編集/木村俊介(散歩社)

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