Precious Plastic ーファウンダーを超えて、世界中のコミュニティが動きだす(前編)
ー 社会システムDIY:新しい価値を提示しようと試行錯誤する現場から
連載『これからのまちづくりの話をしよう』は、下北沢から少し離れて、社会を変えようとする新しい取り組みやその現場を見つめてきた、リ・パブリックの内田友紀さんと地域ライターの甲斐かおりさんにナビゲーターをお願いし、これからの時代に必要な個人の、組織の、まちという社会との関わり方を探っていきます。
この連載では、「社会システムDIY」という造語をキーワードに、日本国内外のさまざまな取り組みを、リアルにもバーチャルにも訪ねていきたいと思っている。冒頭の記事では、社会システムDIYをこんな風に表現した。
このことばを連載のテーマに据えたのは、私自身こうした取り組みに対して強い関心があり、もっと掘り下げたいと思っているからだ。私は、まちに関わる・暮らす人たちの創造性が発揮されたときに、よりユニークで持続的なまちの姿が現れると考えている。いわゆるトップダウンとボトムアップの両側から、まち・都市をつくる視点に大学・大学院で触れたのち、社会に出てさまざまな立場で地域と関わり始めた。そして、その両者が混ざり合う姿を探索しはじめた。
デジタルファブリケーションやSNSなどが一気に広がったことにより、個人の創造力を後押しする環境が整い始めてはいるが、それでも今なお、まちや社会のシステムを<つくる人>と、<暮らす人>の間に存在する壁は高いように思う。どのようなアプローチが、立場の異なる両者の営みをつなぐのだろう?そんな疑問とともに、ヒントを探っていきたい。
一緒に探索するのは、ライターであり編集者の甲斐かおりさん。彼女は、日本各地のまちづくりの現場を訪ね、時にジャーナリスティックに、時に主体者によりそいながら、各地の動きを切り取ってくれる。世代やコミュニティを横断しながら、個別の取り組みが、行政や地域の仕組みにつながっていく可能性に関心を持っている。甲斐さんと私、二人それぞれの切り取り方で交互に記事を書きながら、「社会システムDIY」を探索してゆこうと思う。
ファウンダーを超えて、世界中のコミュニティが動きだす ープラスチックを再資源化する「Precious Plastic」
いよいよはじまる「社会システムDIY」の探索の旅。新しい価値を提示しようと試行錯誤する1つ目の現場。まずは、オランダに飛んでみたいと思う。
私たちが日常的に使い、毎日のように捨てるプラスチックゴミ。海洋プラスチックをはじめとするそれらの身体や環境への影響を、誰もが耳にしたことがあると思う。個人的には、地元でもあり、幼いころから親しんできた美しい日本海が、いまや海洋プラスチックゴミの漂着量で上位に入ると知り、とても驚いた。
プラスチックゴミの問題は、以前から取り沙汰されていて比較的認知度が高いにも関わらず、なかなか解決されてこなかった。その理由の1つに、プラスチックをリサイクルするには巨大な設備が必要で、“個人ベースではリサイクルに関わりにくい” という現状があるという。
そんなプラスチックゴミ問題に、個人が関われるように、と始まったのが、『Precious Plastic』というプロジェクトだ。
オランダ在住のDave Hakkens氏は、オープンソースを駆使して廃プラスチックを加工できる機械(ツール)と知識を世界中に普及し、プラスチックゴミを価値のあるものに変える『Preciou Plastic(以下、PP)』というプロジェクトを立ち上げた。
デジタルファブリケーションを活用して、プラスチック製品を3Dプリンタの材料として再利用できる加工機をつくり、その設計図と作り方の動画を公開。結果、PPへの共感が世界中に広がり、200以上のマシンビルダーと350箇所のワークスペースが生まれ、オンラインコミュニティには7万もの人が参加しているという。(2019年4月時点)
でもどうやら創設者のDaveは、当初はこんなに大きな動きになると想定していなかったようだ。PPの面白さは、彼の個人的な好奇心から始まり、地域や国の境界を超えて広がっていった、そのプロセスから見えてくる。一見、個人ベースで解決しにくい問題なのに、こうして巨大なコミュニティを築くことができたのはなぜか? 彼のプロジェクトの変遷を、紐解いていきたいと思う。
こんなに身近な素材なのに、巨大企業しかリサイクルできないの?
創設者のDaveは、オランダのデザインアカデミー(Design Academy Eindhoven)の卒業プロジェクトとしてPPを始めた。2013年、今から6年前のことだ。
Daveは、プラスチックのリサイクル率が10%にも満たないと知って驚いた。そんなにリサイクル率が低いにも関わらず、プラスチック製品の生産量はどんどん増えている。
「そもそもプラスチックは、どうやってリサイクルされているのだろう?」
疑問に思い、リサイクル施設を見に行った彼が気づいたのは、プラスチックのリサイクルには複雑な工程と高額な機械が必要だということ。これでは大きな企業しか取り組めない。誰にとっても身近な素材で、容器やスーパーの袋など、家にも街のなかにも溢れているのに。
そこで彼は、「誰もが簡単に、自分の地域で、少量から、プラスチックをリサイクル加工できる機械が作れないか?」「それをオープンソースとして広めたら、プラスチックゴミの現状は何か変わるかもしれない」と考え、卒業プロジェクトとしてこの問題に取り組むことにした。
Precious Plasticのはじまり ー オープンソースって簡単じゃない
まず始めたのは、Youtubeを見ながらプラスチックのリサイクル機械の作り方を学ぶこと。エンジニアじゃないDaveは、失敗を重ねながら最初の加工機を製作した。プラスチックを溶かし、もう一度マテリアル化した素材を使って、コースターなどの新しいプロダクトもなんとか形になった。そして、同じように誰かも加工機を作ってくれることを期待して、設計図やプロセスをオンラインで公開した。
ところが、反応があったのは2人だけだった。たった2人しか機械を作らなかった体験を通して、Daveは気づいたという。
「ただオープンソースと称して情報公開することはとても簡単。だけど、誰かが本当に共感して、『始めたい』と思って動き出すには、全く違うプロセスが必要なんだ」
めげることなく、DaveはVersion 2を作ることにした。今回はオンラインでエンジニアを募集し、KEESKEという、加工機作りに熱心な無職の男性に出会った。さらにはメキシコからも情熱的なビデオレターをもらい、彼らとともに再度製作をはじめた。1人から、チームになった瞬間だ。
失敗を繰り返した結果、4つのDIY加工機が出来上がった。できるだけ安価に、どこでも手に入る材料で作られている。
①プラスチックゴミを細かく砕いてチップにする機械
②チップを溶かして、注射器のようにヒモ状に加工する機械
③チップを押し出して固める押出機
④型どおりに圧縮する圧縮機
プラスチックゴミを①で細かく砕いてマテリアル化し、熱で溶かし、②③④の3つのパターンで新たな形をつくる、という仕立てだ。さらにデザイン系の学生たちとは、4つの加工機を使って、ゴミからつくる新しいプロダクトを様々に試作した。
Precious Plasticから生まれた、4つのプラスチック加工機
考えてみれば私たちは、木材やセラミックの素材には、歴史的に長く関わってきた。それらの素材には、人の手でできること、できないことについて、多くの経験や知識の蓄積がある。金属だってそうだ。一方プラスチックは、日用品として使われるようになって50年ほどの新しい素材。分からないこともまだまだ多く、Daveらの加工機づくりもトライアンドエラーの連続だった。このプロジェクトでは、工程を通して素材を理解し、さらに関わる人が用途を開発する。素材と人間の関わり方も開発しているのだ。
キット化した加工機とコミュニケーションデザインで、遠くの誰かが動きだす
加工機は完成した。だけどこれだけでは人が動かないと、彼は1度目の失敗で痛感していた。次に取り掛かったのは、出来るだけ多くの人が簡単に加工機をつくるための、ツールキット(設計図・インストラクション動画)の作成、そしてコミュニケーションのためのウェブサイト作りだ。
コミュニケーションには、また異なるスキルが必要だ。さらに仲間をオンラインで募り、加わったのはドイツ人のインタラクションデザイナー・Mattia。ロゴもオンラインで募集した。軽快に語られる彼のパーソナルストーリーも、Youtubeで公開された。全てのプロセスをオープンにしているからこそ、プロジェクトが立ち上がるまでにファンが生まれる。いよいよ、version 2が公開された。
前回と打って変わって、プロジェクトは国を超えてどんどん広がった。ブラジル・バルセロナ・シンガポール・深圳・日本・ブタペスト・・・毎週のように各地でPPの拠点が立ち上がり、マシンの改良アイデアも届いた。
ある人は自分の楽しみのために、ある人はビジネスのために、様々な手段で使われ始めた。再資源化されたプラスチック素材を使って、ミラーやスケートボードが作られたり、一点もののランプシェードが開発されたり・・・世界中の人が、捨てられた素材で何ができるのかを試し始めた。
(後編へ続く)
取材・文/内田友紀(リ・パブリック)
執筆者プロフィール
早稲田大学理工学部建築学科卒業。リクルート勤務後、2013年イタリア・フェラーラ大学大学院 にてSustainable City Designを修了。イタリア・ブラジル・チリ・ ベトナムなどで地域計画プロジェクトに携わる。同年ブラジル州政府にインターンシップ、国連サステナブルシティ・アライアンス事業に従事した。「Community Travel Guide 福井人」を2013 年に出版。リ・パブリックでは、福岡市・福井市などでの都市型の事業創造プログラムの企画運営をはじめとし、地域/企業/大学らとともにセクターを超えたイノベーションエコシステム構築等に携わる。次代のデザイナーのための教室、XSCHOOL/XSTUDIOプログラムディレクター。内閣府・地域活性化伝道師。
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