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【いい店の人と考える、これから先のいい店って? vol.1】 北島 勲さん(手紙社代表)

時代の波とコロナ禍により、社会全体が大きな転換期を迎えている今、お店というもののあり方も大きく変わりつつある。

お店というのは、住まう人や訪れる人と地域を結びつける、街にとっての“窓”みたいなものなのではないか。そう考えたとき、これから先の街を、社会を、そして住まう人を元気にしていくような「いい店」とは一体どういうものなのだろう。

お店を始めたい人も、既にやっている人も、いい店が好きな人も。みんなが知りたいこれから先の「いい店」のことを、いま実際に「いい店」に関わっている方に聞いてみたい。

その第一回目に登場いただくのは、「イベント」「雑貨」「カフェ」を3本柱にする編集チーム、手紙社の代表、北島勲さんである。

北島さんは東京都調布市に《手紙舎》というカフェを手掛け、ほか調布市周辺や台湾にもブルワリーや雑貨店などを展開。今回はその出発点となった人気のカフェ《手紙舎 つつじヶ丘本店》でお話を伺った。

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物件の事情で、勢いではじめたカフェ

「僕はもともと成城大学の出身で、当時からずっと小田急沿線に住んでいたんです。2008年に妻と2人で手紙社を立ち上げた時も、狛江の古いアパートを事務所代わりに編集作業などを行っていました。やがてそこが取り壊しになるということで、次の物件を探していたらたまたま隣町にある神代団地の物件が出てきたんです。

神代団地は調布市と狛江市に跨っていて、2千戸近くある大きな団地。その商店街の一角の店舗用スペースが空いていると。見学に行ったらひと目で気にいってしまって」

それは京王線つつじヶ丘駅から徒歩15分と、決して便利とは言えない場所にある団地の真ん中、青果店やスーパーなどいくつかの店舗が入居する小さな商店街の1階のスペースだった。

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「店舗用スペースなので、ここに入居するならばお店をやらなくてはいけない、という条件でした。会社を立ち上げた時、なんとなくいつの日かカフェとかお店をやりたいなとは考えていましたが、やるとしても当分先のつもりでした。でもこの物件を見たときに都心からそう遠くないのに周りの自然は豊かだし、商店街のすぐそばの公園では子どもたちが元気に遊んでいる。そのローカル感がちょうどいいなと感じたんですよ。元々賑やかな街よりも郊外が好きで、自分の住むエリアの近くで何かをやりたい思いもありましたし。

さらにあたりを見回せば、ゴミひとつ落ちていない。住んでいる皆さんの街をきれいに保つ意識が高いんですよね。そんな周りの空間も含めて“ああ、ここでお店をやるのがいいな”と。それで勢いでカフェをやることに決めてしまいました(笑)。2009年のことです」

とはいえ、飲食業の経験もない中でカフェを営むのはそう簡単ではない。

「お店の賃料としては安いとはいえ、家賃としては以前の事務所の数倍になりましたから、開店当初は貯金を切り崩す毎日です。最初は、今厨房がある店の奥のスペースに大きなテーブルを置いて、編集作業をしながらお客さんが来るとカレーを作って出していました。最初のうちはお客さんや友人が来てくれると嬉しいからついつい話し込んじゃって、結局店を閉めた後に本格的に編集の仕事をする、みたいな。お店としての体はなしてなかったですね(笑)」

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どれだけ粘って続けるか。


ローカルな雰囲気が気に入って郊外の団地の一角で始めた《手紙舎》。団地を含め、近所に住む人の反応はどうだったのだろう。

「正直、始めた頃は近所の方の反応は鈍かったと思います。特に昔から住まれている方にとっては、団地の商店街にこういうカフェがいきなり出来るってちょっと異質じゃないですか。だから最初はこういう雰囲気が好きでわざわざ来てくれるよそからのお客さんがほとんどでした。10年ちょっとお店をやって、ようやく皆さんにも知られるようになってきて近所の方も気軽に入ってきてくれるようになったんです。

お店は最初から小さな学校の図書館のようにしたいと思っていました。元々僕らは〈もみじ市〉というさまざまな分野の作り手の人たちが集うイベントからスタートしているので、小さな交流の場が作れればいいなと。あとはポストカードを1枚買って、500円のコーヒーを飲んでホッとできるような場所。そんなお店が近所にあるっていいじゃないですか」

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開店当時の苦しい経営を支えていたのは、2012年に始まった「東京蚤の市」を中心としたイベントの収入だったという。以後、経営が安定するにつれ《手紙舎 2nd STORY》、《本とコーヒー tegamisha》、《TEGAMISHA BREWERY》など店舗を増やし、そして台湾にも《手紙舎 台湾店》を設けた。しかし2020年以降、新型コロナウイルスのまん延により手紙社にとって大きな柱だったイベントの開催ができなくなってしまう。

「コロナ禍でイベントができない代わりに、うちの店の中でも一番営業時間が短いこの《手紙舎 つつじヶ丘本店》の売上が上昇したんです。皆さん家にいるようになったのと、店の前に公園があってお子さんを遊ばせながらお茶を飲める環境というのも良かったんでしょうね。店としても密にならないよう、外にテーブルを置いたり換気に注意したりと対策はしていますが、当初はやりくりが決して楽ではなかったカフェが、結果的に今は手紙社を支えてくれている。何度もやめようと思った瞬間はありましたが、続けてきて良かったと思っています。お店というものは、つくづく、どれだけ粘って続けるか、これにつきるなぁと思いますね」

会社設立当初より、3つの経営の柱を立てていたことが大きかったと北島さんは語る。

「雑誌を作っていた頃から、1冊に柱となる記事や特集を〈3つ作るよう意識していました。その感覚がずっと備わっているので、手紙社の経営に関してもカフェの運営と雑貨の販売、そしてイベントの企画制作という3本柱を立てました。おそらくカフェだけ、イベントだけに集中していたら今頃潰れていたと思うんです。3つの柱で支えながらやってきたからこそ、そのどれかが調子が悪くても何とかなってきた。コロナ禍でそれを改めて実感しているところです」

整えて、待つ。

長く続けてきたお店だからこそ、醸し出せる雰囲気がある。取材時は秋晴れの夕方。公園では大勢の子ども達が走り回り、傍にあるテーブル席の女性2人組はコーヒーを楽しみながらお喋りを楽しんでいる。周囲が薄暗くなる頃、2人は公園で遊び疲れた子どもを連れて一緒に家に戻っていった。手紙舎は団地の風景にすっかり溶け込んでいる。

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「テーブルを外に出したことで、さらにオープンな雰囲気になりましたよね。この商店街は車道と分けられていて、歩行者と自転車しか通らないから安心してお子さんを遊ばせながら一息つける。今の時代に東京でこういうロケーションって珍しいんですよ。これからも出発点となったこの場所は大事にしたいし、近所の方がくつろいだり、一杯のコーヒーで気持ちを整えたり気分を変えてから家に帰れるようなお店でありたいですよね。ここも含めていくつかのお店を作りましたけど、いわゆるマーケティング的な感覚では出店していなくて、僕が直感で“気持ちよさそうだな”って感じた場所ばかり。特に東京だと常識的に考えれば駅近がいいんでしょうけど、今の時代は逆に駅から遠い場所の方が話題になったりするじゃないですか。この神代団地なんてまさにそんな感じですよね。カフェって日常と非日常の境目にある存在だと思うので、わざわざ来てくれた方にも、この団地の雰囲気を味わいながら過ごして貰えれば嬉しいです」

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手紙舎が話題になったことで、空き店舗だった周りのスペースにも雑貨店やギャラリーなどが入居するようになった。

「お隣の《山本牛乳店》は、元々北海道の中標津で営農していた方たちを僕がお誘いして、2年前にオープンした昔ながらの放牧牛乳のおいしさを味わえる専門店。ここのソフトクリームが本当に美味しくて、それですっかり人気店になったことで、ここの商店街自体も店を出したい方が相次いでいるそうです。おいしい物を出すお店があるのって街にとっては本当に大きくて、それだけで活気が生まれるんですよね。お客さんがそれを目当てに来て、ちゃんと満足して頂けるよう店や味をきちんと整えておくことを常に考えています。手紙舎では今、プリンアラモードが名物なのですが、それを売り切れにすることなく閉店間際でもちゃんとお出しできるようにする。整えて、待つ。地味だけどとても大事なことだと思っています」

はじめて店を出して、12年。今後はお店をメインに地域のコミュニケーション作りに取り組んでいきたいと話す北島さん。オンラインの時代だからこそ、地域の密なつながりを大切に。手紙社と手紙舎の次の仕掛けが楽しみだ。


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北島 勲さん

●きたじま・いさお|1967年生まれ。雑誌編集者として『LiVES』『自休自足』『カメラ日和』などを手がけたのちに独立。「東京蚤の市」「布博」「紙博」などのイベントを主催するほか、手紙舎などのカフェや雑貨店、書店などを経営。著書に『手紙社のイベントのつくり方』(美術出版社)がある。https://tegamisha.com

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手紙舎 つつじヶ丘本店
東京都調布市西つつじヶ丘4-23-35 神代団地商店街 101
【営業時間】 平日、土日祝11:00~16:00(LO 15:30)
【定休日】毎週月・火(祝日の場合は営業。詳しい営業日はwebを確認)
tel 042-444-5331
https://tegamisha.com/honten

写真/石原敦志 取材・文/黒田創 編集/木村俊介(散歩社)

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