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「下北沢で、仕事中。」 vol.1 桜木彩佳さん

下北沢ってどんな街ですか?と尋ねられたら、あなたはなんと答えるだろう?サブカルチャーの街。若者の街。ここにしかない、小さなお店がたくさんある街。多分、聞かれた人それぞれに、いろいろな答えが出てくる。それもまた、下北沢という街の面白さの一つなのかもしれない。

そんな下北沢に今、もう一つ新しいキーワードが加わろうとしている。それが、「働く街」。そもそも下北沢は、いろいろな形の小さななりわいが営まれてきた街だ。その街にいま、ここ数年広がってきたリモートワークのオフィスワーカーや、副業、兼業など多様な働き方で働く人たちの「働く場所」が作られたり、大企業のサテライトオフィスやスペースが作られ始めたりしている。

下北沢で働く、って、一体どんな感じなんだろう。

「働く街」としての下北沢の魅力を、いままさに下北沢で働く人たちの仕事ぶりを通して、見ていこう。

まず最初にお話を伺ったのは、桜木彩佳さん。
今年で4年目を迎える下北線路街のBONUS TRACKで、オープン当初からイベント運営を担ってきた桜木さんの、下北沢という場所性と時代と混ざり合いながら働いてきたキャリアを辿った。

透明人間になって、場を整える仕事

ーー 今日はよろしくお願いします。早速ですが、桜木さんの現在の所属について教えてください。

桜木:BONUS TRACKのイベント運営などをしている散歩社から独立して、去年の夏からフリーランスになりました。しばらくはBONUS TRACKでやっていた業務の引き継ぎをしていたんですけど、今年に入ってからBONUS TRACK内に店舗を持つ「発酵デパートメント」のイベント窓口もやることになったり。

ーー これまで通りBONUS TRACKの業務に携わりつつ、他の仕事も引き受けるようになった?

桜木:そうですね。これまで同様BONUS TRACKのお仕事が中心にあるのは変わらず、テナントの仕事も一部やっているという感じですね。そのほうがBONUS TRACKのためになるのかなと思っていて。散歩社のメンバーや役割分担もだいぶ安定してきたので、私がいろんな場所に出入りすることで、BONUS TRACKと外の世界をつなげていけたらな、と。

ーー そんな桜木さんの「職業」を一言で言うとしたら、どう説明するのがいいんでしょう。

桜木:んー、どうでしょう。場所にあった企画を作る感じ。わかりやすく説明が必要なときは「コミュニティマネージャー」と名乗ることもあるけれど、私自身、コミュニティを管理してるって言うのに、違和感がある。どんな肩書きになるのか「もっと自分ではっきり言えや!」みたいな自己ツッコミもありつつですけど…。

ーー 肩書きって難しいですね。特に下北沢は、既存の肩書きでは語りきれないない仕事をしている人がたくさん動いてる街のようにも思います。

桜木:私の場合は、これまで人が集まる時間や機会を作るみたいな意味で「イベント」を作ることが多かったです。その場所が良くなるために、前に進むために、新しい一面を作るために、イベントをやってきたという意識ですね。

自分が透明になって、何かやりたい人たちを繋げて、やりやすくして「ホイ」と渡す。「段取りはもう大丈夫ですよね。あとは、皆さん炸裂させてください!」みたいな仕事です。それをどう言えばいいのか。

ーー (私を含め)桜木さんをよく知る人からすると、それこそが桜木さん、という感じがします。

桜木:仕事とプライベートをはっきり分けて語るのって、すごく難しいですね。私の場合ずっと公私混同しているような状態なので(笑)。そもそも下北沢自体が、生活と仕事が混ざっているような街だし、あらゆることが同じ場所で起きていますしね。

地下のライブハウスから、地上のイベントスペース「ケージ」へ

ーー 場に関わる仕事を始められたのは、いつからなんでしょうか。

桜木:青山にあるライブハウス「月見ル君想フ」でブッキングの仕事をしたあと、舞台制作やマネジメントの仕事をする会社を経て、かつて下北沢の京王線高架下にあった「下北沢ケージ※」に携わりました。
※井の頭線の高架橋化工事の一部完了に伴って利用可能となった高架下空間を、2016年から2019年の3年間限定で有効活用するために生まれたプロジェクト。

ーー 初めはライブハウスのお仕事だったんですね。その頃から、今と同じようなスタンスで働かれていたんですか?

桜木:ライブハウスで働き出した当初は、別の意味で公私混同しまくりでしたね。ブッキングの仕事を覚えながら「イベントにお誘いすれば、会いたい人に会える」みたいな。それが途中から、「場自体がオモロい」って思うようになったんです。

ーー 転換点があった?

桜木:ライブハウスっていう場所に来てくれたお客さんに、「最高だった、仕事頑張って終わらせてきてよかった」と思ってもらうには、どんなことができるか。これをゲーム的に考える方がおもしろいって気付いたんですよね。自分的にはそこが転換点だったのかなという感じがしています。

ーー なるほど。その気付きがありながらも、ライブハウスを離れたのはなぜ?

桜木:本当はもっと長い期間働きたいくらい大好きな場所だったんですけど、ライブハウス業界って、当時の私より10歳以上年上の女性がいない業界だったんですよ。長く働きたいとしても、ロールモデルゼロじゃん、みたいな気持ちになり…一旦退職することにして。

あと高校生の頃から音楽が好きで、自分自身もライブハウスに通い、その後働いたわけですけど、ライブハウスって同じお客さんが回ってる感があったというか。そもそも「チケット代に2500円払って、地下の二重扉の奥底で爆音を浴びる」みたいなことって、世の中の人みんながやることじゃない。

純粋な表現ができるための守られた場所であると同時に、クローズドな空間。私にとっては意義のある場所だけど、客層が入れ替わらないようなイベントを見ながら「このまま横ばいで大丈夫なのかな」と思ったりもしていました。

ーー なるほど。そのあと舞台制作などに関わったのち、『下北沢ケージ』※に辿り着かれるわけですが、ここに至ったきっかけはなにかあったんですか?

桜木:シモキタをぷらぷら歩いていたら、地上なのに網に囲まれた敷地がいつの間にか生まれていて「これはなんだ?」と思ったんです。そこに、「下北沢ケージ」と書いてあって。

街のど真ん中にでっかい檻があって、『ここは自由なイベントスペースです』みたいなことが書いてあって。下北沢でわざわざ「イベント云々」と書いてあるってことは、なにかをやりたい人がいて、なにかをやっていいってことかと思って。道から丸見えな”スケスケ感“も楽しそうだし、興味を持ちました。

ーー 地上のスケスケな場所と地下の真っ暗なライブハウスって、対照的にも感じます。

桜木:オープンな場所にコアなものが流入するだけで、全然意義が変わるだろうなって。当時そこまで言語化していたわけじゃないけど、そういうことを直感的に感じたんじゃないかな。

下北沢の「ライブハウスでもなく、劇場でもない場所」のポテンシャル

ーー ケージで働くようになり、実際にどんな仕事をされたんですか?

桜木:一人部署的な立ち位置で、色んな企画をやりました。今思えばちょっと早過ぎくらいのサウナイベントとか、ブックマーケットや、演劇の野外公演もありました。毎週何かしらのイベントを入れていたので。サウナイベントはほとんど前例がなかったので、安全性のために色々調べて色々調整しました。

ーー まさしく「何かやりたい人たちを繋げて、やりやすくして『ホイ』と渡す」な仕事ですね。

桜木:一年ほど経つと「色々やってるし自由っぽいから、相談してみたいんですけど…」みたいなメールがチラチラ来るようになって。

あるときは、親子がゆっくり楽しめる音楽とマーケットのイベントが行われたこともありました。下北沢って歩くのが楽しい街だけど、親子がゆっくり座れる広場がないんですっていう理由で。あとは、祭りの打ち上げで使わせてくれないかみたいな相談が、商店街のおじいちゃんたちから来たりとか。

スケスケなだけあって、敷地から外に面白さがしみ染み出してる場所だったから。「あのイベントはよくわからなかったけど、これはわかる」みたいな感じで、日頃から出入りしてくれる人も増えていきました。

ケージでの家族向けイベントの記録。今は何やを開催中かな?と、わざわざケージ前を通る人も。

これまでの仕事を綴ったnoteが手繰り寄せた、BONUS TRACKとの交わり

ーー BONUS TRACKとの縁はどのように繋がったのでしょう? 変わらず下北沢で働きたい、という気持ちだったんですか?

桜木:ずっと下北沢は大好きでしたけど、場所に強いこだわりがあったわけじゃなくて。ケージはもともと期間限定の場所だったので、2019年の9月にクローズしてから残っていた有給休暇を取っていたんです。「次の仕事どうしようかな〜」とか考えながら。そこで一旦、これまでの経歴を転職サイトに入力してみたら、私にヒットする仕事が一件くらいしか出てこない。

ーー え!

桜木:自分としては、もっとやってきたつもりだったんだけど…と、しょんぼりした結果に。私がやってきたことは、この中(転職サイト)にはないんだと思って。

そこで、これまでの職歴をまとめたnoteを書いて「仕事が欲しいです!」とアピールすることにしました。(下のリンクがそのnote)

自分としても、次のステップは定まってなかった状態だったんですが、読んだ方から「これ一緒にやりませんか?」というお誘いを色々といただいて。その中に、BONUS TRACK立ち上げについての話もあったんです。omusubi不動産の殿塚さんからご連絡いただいて。

ーー ケージと同じ下北沢に新しくできる施設からお誘いが来たんですね。

桜木:BONUS TRACKが2020年春に開業するという噂は、前々から耳に入ってきていて。本屋B&Bが移転して、本の読める店fuzkueもテナントに入るらしいと。その二つが入るというだけで、「絶対いいやん!」みたいな。

詳しく話を聞いてみると、テナントも、飲食店・小売店が13軒ぐらい入るらしい。ということは何人かで、チームで動くんだろうなって。
 
ーー ここまでのキャリアでは、桜木さんは一人で動き回ってることが多そうでしたね。

桜木:ライブハウスは日によって、「ここは桜木の担当日」みたいに割り振られてましたね。もちろん他の人がサポートはするけれど、回すのは一人。ケージも共同運営のチームはあったものの、ほとんど一人部署のような形でした。誰かと協力して運営する必要がある時点で、私のキャリア的に新しい挑戦だよな、って思いました。

転職後、すぐコロナ禍に。「人を集める」ことができない中のオープン

ーー そういう経緯でomusubi不動産、のちに散歩社の所属としてBONUS TRACKに参画されたんですね。でも、開業当時はコロナ真っ只中の2020年でした。

桜木:「開業した」って言えないくらいの状況でオープンしました。イベント、って言うだけで罪悪感を抱かざるを得ないようなムードが数か月続きましたから。「いま人を集めるなんて、頭がおかしいのか!」みたいな風当たりの強さがありました。

人を集めることが仕事なので、それを本質的に否定されたというか。「私は消えた方がいい」くらいの感覚にすらなりました。 友達のミュージシャン・永原真夏さんとも「わたしたちどうしたらいいんだろうね」って話したりもして。彼女も、人前で歌を歌うことがダメだと言われていたから。

ーー その時期を抜ける、転換点になるような出来事はありましたか?

桜木:テナントさんたちとソーシャルディスタンスを保ちつつ相談を続けて、その年の6月末くらいに弾き語りの投げ銭ライブを行いました。GOING UNDER GROUNDのGt./Vo.松本素生さんが「ライブ無くなったし、なんかできるよ」と言ってくださって。

ライブは、BONUS TRACKの中庭からB&Bに上がる階段の上で行われた
直前からの告知にもかかわらず、松本さんの歌を聞こうと多くの人が集まった。
ライブ後、BONUS TRACK初イベント終了記念に、松本さんにダルマの目入れをしていただく。

桜木:BONUS TRACK初めてのイベントだけど、告知も大々的にしてしまうと角が立つ時期。だから、開催3日前にSNSでピッて出して。集まってほしいけど、そんなに集まらないで……くらいの塩梅で告知したら、それなりにお客さんが集まってくださって。

「ライブっていうものがこの世からなくなっちゃうと思ってた、こんな企画をしてくれてありがとう」と体から放っているような温度感のお客さんが集まってくれて。ご本人が登場する前から泣いてたりするお客さんもいて…すごい空気感だったんですよね。

音に関する苦情はいただいてしまったけれど、やれて良かったと思いました。その2ヶ月後、2020年8月末に「夏市」というイベントも行いました。これは現在も定期企画になっています。縁日みたいな催しを、その時のできる範囲で行いました。夏祭り系も全部なくなっちゃっていたタイミングだったので。

浴衣を着て、千葉から遊びに来てくれた方もいて。近隣のご家族からは「子どもがまだお祭りに行ったことがなくて」とも。ギュウギュウにならない程度に人が集まる様子から、この場所のポテンシャルを感じました。

コロナを経て、4年目のBONUS TRACKと桜木さんのこれから

ーー コロナがある程度収束して以降のBONUS TRACKは、毎週何かしらのイベントが行われているように感じます。当時と比べて、今のBONUS TRACKはどうですか。

桜木:下北沢駅の周辺からすると、うちがあるのは代田側。私も昔よく散歩していたエリアなんですが、ずーっと住宅街が続くイメージでした。今でも住宅が多くて、静かで穏やかなエリアは変わりません。でも開業から何年か経つうちに「代田エリアでやたらイベントをやってる施設」みたいに思ってもらえるようになりました。

ーー イベントを打ち続けた結果ですね。
 
桜木:その印象がついてから、下北沢の街全体を使うイベントに誘われるようになりました。大体のイベントで、うちはマップ上の中心部から外れた、端っこのエリア。地域拡張ポイントみたいな感じで捉えられていて。あとは地元のお祭りで御神輿の巡るルートに新しく、BONUS TRACKの面している区道を加えてもらったりとか。

ーー BONUS TRACKがあることで、下北沢の人たちの動きも拡張されたんですね。

桜木:嬉しいですよね。最近は相談をいただくたびに、BONUS TRACK単体の見え方よりも、街の中にあるBONUS TRACKのあり方・見え方を考えたほうがいいのかなと思っています。

ーー BONUS TRACKでイベントを企画するとき、大事にしてることは?

桜木:住宅街の真ん中で家たちに挟まれているっていうのは大きいと思います。「こんなのできちゃったから、もう引っ越したいわ」って全員に思われたら悲しいし。
たまに休憩に来てくれるとか、買い物へ来るとか、距離感は人によって様々あると思うけど、街の人たちにもここがあってよかった、と思ってほしい。これは、何をするときも意識の根っこにあります。

だから、エッジの効いたカルチャーイベントだけをやっていると「ちょっとわかんないわ」だったり「難しいな」「買うもんないな」と思われて、関わりしろが見つからなくなる。
なので、夏市みたいな誰でも来れる地域向けのお祭りを定期的に開催しています。

ーー ここ数年ずっと出入りされている下北沢は、桜木さんにとってどんな仕事場ですか。

桜木:いろんなレベル感のものごとが、同時多発的に起きているのが下北沢ですよね。どういう街なのか、捉え方も考え方も、みんな全然違う。音楽の街、カレーの街、演劇の街、お笑いの街…ハッシュタグが本当に多くて。それ同士を競ったり主張し合うこともなく、それぞれ持ってるのがいいところ。

その自由な状態を日々受け取っているから、仕事でイベントを作るときも「今回はこの側面を強調してみよう」と考えることができる。あとは日々街中で起きていることのバイブスも踏まえられたらと思っています。
下北沢って、本番の場所でもあるし、ゆるく練習をすることもできるんです。私自身も音楽や演劇、表現者たちに救われてきたので、そういう人たちがずっと表現できる場が必要だと思ってます。そういう表現をなりわいにする人たちにとってはもちろん、私にとっても、やりたいことを試せるし、勝負をかけることも出来る街。それが下北沢なんだと思います。

桜木 彩佳
●さくらぎ・あやか 1986年生まれ。多摩美術大学卒。青山月見ル君想フ/株式会社TASKOを経て、株式会社東京ピストル(現・株式会社BAKERU)にてイベントパーク「下北沢ケージ」現場責任者/シェアオフィス「HOLSTER」管理人を担当。現在は下北沢「BONUS TRACK」の運営、BONUS TRACK内の「発酵デパートメント」催事担当などを行なうフリーランス。


写真/村上大輔 取材・文/ヤマグチナナコ 編集/木村俊介(散歩社)



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