DIY可能賃貸の取扱い数、日本一。五感に訴える芸術、文化のプロが町の魅力をつくる。omusubi不動産による“住みたい町”のつくり方
連載『これからのまちづくりの話をしよう』は、下北沢から少し離れて、リ・パブリックの内田友紀さんと地域ライターの甲斐かおりさんにナビゲーターをお願いし、「社会システムDIY」をキーワードに、これからの時代に必要な個人の、組織の、まちという社会との関わり方を探っています。
今回の書き手は甲斐さん。最近は下北沢ボーナストラック内にもあらたに拠点を構え、その活動の場所と幅を広げている「omusubi不動産」を取材しました。
新型コロナウィルスの影響で、都市部へ出るより、生活圏内で充実した毎日を送りたい人が増えているという。自分の暮らすまちにはやっぱり素敵なカフェや本屋があってほしいし、楽しい方がいい。
ところが地方へ行けば行くほど、個人商店にはひっそりとシャッターが降ろされていたり、何年も前からその状態であろうというような空き家、空き店舗が目につく。古い物件は何かと手間がかかるため、オーナーの意思で放置されているケースも多いのだ。結果、その周辺界隈はどんどん寂れていく。空き屋をどう魅力的に活用していくかは、どの地域にとっても避けられない課題だろう。
そんな中で、空き家を「DIY可能な賃貸物件」にしたことでデザイナーや芸術家が集まり、面白いエリアになっているまちがある。しかけをつくったのは、一軒の小さな不動産屋「omusubi不動産」。
彼らが拠点とする千葉県松戸市のみのり台・八柱(やはしら)・常盤平(ときわだいら)エリアを取材してきたのでご紹介したい。
DIY賃貸を数多く扱う理由
omusubi不動産のサイトをのぞくと、1Rで4万円、3LDKで8万円といった一般的な物件募集に並び、「家賃0.5万円DIY可能」「イラストレーター限定募集」といった一風変わった募集が掲載されている。千葉県松戸市のみのり台・八柱・常盤平エリアを中心に200件以上のDIY物件を取り扱ってきた不動産屋。DIY賃貸の分野では、取り扱い数日本一という業界専門家によるお墨付きもある。
なぜあえてDIY賃貸なのだろう?omusubi不動産代表の殿塚建吾さんに話を聞いた。
「不動産業界には、大きく投資して高い賃料で貸す、という新築のロジックがあります。中古も同じで、いいリノベーションをして高く貸す。でもそれが通用するのって東京の都心部など一等地だけなんです。松戸でいい物件を用意しても設定できる賃料にはどうしても上限がある。じゃあどうするか?そこで考えたのがソフトです。物件の使い方が自由だよ、というルール面もそうですし、それによって面白い人たちが集まってくることがまた価値になります」
omusubi不動産代表の殿塚建吾さん。
今募集中の物件には、主に物件オーナーと交渉してDIYの許可をもらっているものと、シェアアトリエなどomusubi不動産自身がいったん借りて、部屋ごとに価格を決めて貸し出しているサブリース物件がある。
古い建物は貸す側の改修費など負担が大きくなかなか市場に出てこない。殿塚さんたちはそうした物件を足で探し交渉してきた。
「空き家にするくらいなら、DIY賃貸として貸す方が実は経済的にも合理的なんです。賃料も安いけどコストをかけずに貸せるので。水道や電気などインフラ周りだけオーナーにお願いして、内装は入居者が自由にするのでそのままでいいと。ちゃんと利益が出るので、法人や社長など経営目線がある方は判断が早いことが多いです。僕らのバックボーンも見てくださって、悪くはならないだろうと理解してくれます」
町の価値をつくるのは、人間の感情にアプローチするプロ
omusubi不動産が手をかけてリノベーションするのでなく、入居者自身が改修する。一見いいことづくめのように思えるが、ほかの不動産屋がDIY物件を扱いたがらないのはやはり手間がかかるからだ。一口に「DIY、OK」といってもオーナーの考えや物件によって程度はさまざま。借りる側によってもどう改修したいか違ってくる。それをどうコントロールしているのか。スタッフの原田恵さんが教えてくれた。
「何でもアリではなくて、(入居者さんには)どうリノベーションしたいかのプランをまず出してもらうようにしています。改装届けという書式を用意していて、それをうちとオーナーで確認して、建物の構造に関わることなどがあれば間に入って調整します。それが結構大変なところですね」
左がomusubi不動産スタッフの原田恵さん、右は「smokebooks」の
北澤友子さん。omusubi不動産の仲介でこちらの物件を借りている。
「omusubi不動産ならアトリエにできるような物件が見つかる」とクリエイターの間で口コミで広がっていった。
募集物件の中には「イラストレーター限定募集」「建築・設計デザイナー限定募集」「企画審査あり」などとある。部屋を借りるのに企画審査?
「審査といっても、夢と希望を書いてくださいってことですね(笑)。倉庫として使いたい方などは基本的にお断りしています。僕らは、町の価値をつくるのは、文化や芸術など人間の感情にアプローチするプロなんじゃないかと思っていて。クリエイティブな人たちが集まると町の雰囲気がいい感じに変わり始めて、カフェができたりして。すると、この辺いいじゃんと住みたい人が増える。僕らがマネタイズできるのは、やっとそのフェーズにきてからです」(殿塚さん)
その象徴的な物件がクリエイティブスペース「せんぱく工舎」だろう。もともと企業の社宅だった建物で、何年も使われていないボロボロの物件だったが、殿塚さんはずっと気になっていたそうだ。
「めちゃくちゃカッコいいなって。これなら町のシンボルになると思ったんです。いま1階はショップ、カフェ、本屋やバルなどが入っていて、2階は作家さんのアトリエや工房になっています」
2階は工房や演劇集団事務所などが入っている。住んでいる人はいない。
1階にはカフェやスコーンの店、本屋、スペインバルなどの店が入っていて
週末は地元客で賑わう。
リノベーション前の「せんぱく工舎」。
平成に入って一度も使われていなかったという。
まちをよくしたいオーナーとのタッグで
そうした活動を続けていると、まちをよくするためにこの物件を使ってほしい、というオーナーとの出会いも生まれていく。たとえば今、omusubi不動産の事務所が入る「あかぎハイツ」。1階には「smokebooks」というアート関連の本を置く本屋、アンティーク家具の店、ものづくりが好きな夫婦のアトリエなどが入っている。
「1階はもともとあかぎマートというスーパーだったんです。2階以上はマンションで。スーパーを閉めてテナントとして貸し始めた時に、オーナーが、特に“顔”になる角の店舗は地域のためになるお店じゃないと嫌だと仰って」(原田さん)
清澄白河にも店舗を構えているsmokebooksの北澤さん。
この本屋ができたことで、エリアの雰囲気がぐっと変わったそうだ。
もう一つ。オーナーの要望で周囲に喜ばれるお店ができた例が、常盤平のパン屋「マルサン堂」だ。オーナーから「朝から焼き立てのパンの香りがするなんて生活すごくいいよね」と、1階の空きテナントをパン屋にしたいという話があった。パン屋限定で募集したところ、3組の応募があり東京からやって来た夫婦が入居した。
「パン屋限定にしたことで、かえって響いたのかもしれません。やっぱり新しい土地でお店を始めるのは不安だと思うんです。でもパン屋募集とあればオーナーも理解があるんじゃないかとか、応援されている感がありますよね。実際そのオーナーさんは開店前から周りのママさん方に呼びかけて試食会をやったり、オープン日には『行列をつくる会』を一緒にやってくれるなどすごく応援してくれて。初日にたくさんお客さんが来てくれるって嬉しいじゃないですか。心強いですよね」(原田さん)
町に住む人たちの求める店ができれば、自然とその店を応援するコミュニティが生まれる。こんな暮らしがしたいという願いをomusubi不動産が仲介することで一つずつ実現しているように見える。
面白い物件に、面白い人が引き寄せられる
地域の価値を高める動きはよくエリアマネージメントと呼ばれるが、omusubi不動産のしていることは、エリアの「コミュニティマネージメント」に近い。
「僕らが運営しているマンションもそうですが、一部屋だけでは価値がなくても、そこに集まる人たちのコミュニティに惹かれて、価値を見出す方が多いと思います」(殿塚さん)
せんぱく工舎の1階に入る本屋「せんぱくBookbase」も、将来本屋をやりたい人、楽しみでやっている人など、複数人で本屋を運営している本屋の集合体である。店守(たなもり)が8人いて、それぞれの棚を管理しながらお店にも立つ。立ち上げ人の絵ノ本桃子さんは、自分の町に本屋がなかったことからこのスタイルを思いついたという。
「本屋運営に関心のある人に経験を積んでもらって、近隣に本屋が増えればいいなと思ってやっています。実際にここを卒業した方が、最近近くに新しい本屋を立ち上げたんです。私の住んでいる地域には本屋がなくて。大人は別のまちへ行けばいいけど、子どもは徒歩圏内でないと厳しい。子どもでも一人でふらっと訪れて本棚を見て帰れるような日常をつくりたいなと。私自身もいつか住んでいるまちで本屋ができたらと思っています」(絵ノ本さん)
Bookbase立ち上げ人の絵ノ本桃子さん。
「せんぱくBookbase」のお隣は2018年に開業したスペインバル「el alca(エルアルカ)」。ほかにも人気のスコーンの店や、カフェが入っている。
せんぱく工舎の入居者とともに、omusubi不動産でイベントを企画することもある。きっかけさえつくれば、あとは自然と入居者同士で新しい動きが始まっていくという。
せんぱく工舎で行われたイベントの様子。(写真:加藤甫、川島彩水)
“まちを耕す”という視点
今のような不動産業のスタイルに行き着いたのはなぜなのだろう。殿塚さんの家は祖父の代から不動産屋だった。けれど実は殿塚さんは不動産屋にはなりたくなかったのだという。
「不動産屋ってあまりいいイメージないじゃないですか。でも逃げられないんだろうなと思っていて。新卒で古いマンションリノベをする不動産会社に入社して、仕事のことはそこで学びました。でも始めてみると不動産の仕事である家の売買って、人生の節目に立ち会うことになると気づいたんです。それは面白いなって」
もう一つ、今のような事業に至った理由がある。
「20代の頃、一芸に秀でている人たちが世に出ていくのを見て、僕自身には何もないなって悩んだことがあったんです。でも気付いたらそういう(一芸に秀でている)人たちと大人の間で調整してあげる立場に立つことが多かった。不動産屋もそういう仕事じゃないかな、と思ったんです。自分に芸がないなら応援する側にまわろうと。仕事上エリアマネージメントなどの考え方も最低限学んできましたが、もっと個人的な理由で、感覚的に地元がこうなったら面白いと思ってやっていますね」
一人ひとり住人が増え、つながりできていくことを「町を耕す」ような感覚でやっているという。
2019年6月に行われた「やはしら日々祭り」のマップ。
みのり台・八柱エリアに広がる、omusubi不動産が扱った物件に
新しい店が数多くできている。
下北沢へも進出。BONUS TRACKへ
そんなomusubi不動産は、2020年、下北沢のBONUS TRACKにも出店した。
「これまでもアーティストと大きなイベントをやったりしてきましたが、松戸でやれる範囲のことだけでは展開に広がりが出ないなと思ったんです。クリエイターの活躍の舞台をもっと広げたいという思いもあって」
BONUS TRACKでは、シェアオフィス、イベントスペースを運営している。(写真:加藤甫)
新しく下北沢で中古物件の開拓も始めた。下北沢の事務所に松戸の物件を探しにくる人もいたり、松戸のクリエイターが下北沢で活動するなど相乗効果も生まれ始めている。
さらに去年から賃貸だけでなく、売買事業も始めた。中古物件を自社でリノベーションして販売する。これも地元のクリエイターと一緒にできる仕事として、入居者とまちの新たな接点にしていきたいと考えている。
「まずは確実にお金が回る仕組みをつくらなきゃいけない。僕らがちゃんと稼がないと誰も真似できないですから。だってあいつら趣味だろ、変わりもんだろで終わっちゃう。いや違うよ、って。こうやるとちゃんと数字も出て、町にも投資できるし雇用もできる。この方法でも不動産事業が成り立つってことを形にするのが、40歳まで、この先2、3年の宿題だなと思っています」
「あかぎハイツ」1階に新しくできたomusubi不動産の事務所。
(写真:佐藤大輔)
omusubi不動産のやってきたことは、従来の不動産屋からすれば、常識外れなことだらけかもしれない。それでも殿塚さんたちは、「こういうまちが面白い」と思う自分たちの基準に従って、時には思い切ってリスクを取り、手間をかける。
その結果、まちにアーティストやクリエイターが集い、カフェができ、バルができ、本屋兼コミュニティスペースが生まれ、「顔の見える」まちが生まれている。これはちょっとすごいことだと思う。こうした民間の事業として成立させる不動産屋のあり方は、これからのまちづくりの一つのヒントになるのではないだろうか。
omusubi不動産 公式サイト
https://www.omusubi-estate.com/
執筆者プロフィール
甲斐かおり
ライター、地域ジャーナリスト。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動ルポ、インタビューを雑誌やウェブに寄稿。
携わった書籍に『日本をソーシャルデザインする』(グリーンズ編・朝日出版社)、著書に『暮らしをつくる』(技術評論社)、『ほどよい量をつくる』(ミシマ社編インプレス刊)。twitterはこちら
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取材・文/甲斐かおり 編集/木村俊介(散歩社)
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