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4軒目と5軒目:ジャズ喫茶マサコと、Jazzと喫茶はやし

1953年に開店し、2009年に再開発のため惜しまれつつ閉店した〈ジャズ喫茶マサコ〉。半世紀以上にわたり多くの人に愛されたジャズとコーヒーの名店が、2020年5月、同じ下北沢の地に復活を遂げた。

以前の〈マサコ〉は駅の南口近くにあったが、新店舗は北口のビルの2階。店主は旧マサコでスタッフを務めていたmoeさん。バンド〈民謡クルセイダーズ〉で活動するキーボード奏者でもある。moeさんと同じく旧マサコのスタッフで、2017年同じ下北沢駅北口に〈Jazzと喫茶はやし〉をオープンした林 美樹さん(※以降 はやしさん)にも加わっていただき、〈マサコ〉復活への思いと経緯、これからのことなどを伺った。

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新生〈マサコ〉店内にて語らう、moeさん(右)と、
〈Jazzと喫茶はやし〉店主の林 美樹さん(左)。

常連もスタッフも、準備して待っていた。


「2009年に旧マサコを閉めた時、私たち元スタッフや常連さんたちとで協力して、いずれお店を復活できるようにと椅子やテーブル、珠のれんやスピーカー、レコードといったものを倉庫などに保管しておいたのです」 (moeさん)

moeさんがスタッフとして旧マサコにいたのは1995年から閉店の少し前まで。はやしさんは2000年くらいから3年弱ほど在籍していた。2人とも元々は〈マサコ〉のお客さんで、moeさんは高校生の頃から通っていたという。

「新年会などがあると昔のスタッフや常連さんが集まるので、働いている時期が違ってもみんな顔見知りでした。私は客として3、4回行った後に働くようになりました。そんな感じでお客さんがスタッフになるパターンも多かったです 」(はやしさん)

「アルバイト募集も、貼り紙に〝スタッフ募集“ではなく、“ジャズに興味のある女性求む”って赤枠に大きく黒字で書かれていて、パッと見た時になんの張り紙かわかりませんでしたね。今思えば、個性的ですよね 」(moeさん)


旧マサコはどんな雰囲気だったのだろう。

“ジャズ喫茶というよりアジアの屋台みたい”と言われる事もありました。赤い絨毯が敷いてあって、赤いビニールシートを被せた古いテーブルが置かれていたからでしょうね。開店した50年代は最先端的でお洒落なお店だったと思うのですが、年月を経る中で次第にカオスになっていきました。

壁にはマサコさんやお客さんがミュージシャンを撮った写真、チラシ、ポスター類がどんどん上から貼られ、それが重なって分厚い層になってましたから。お客さんが奥のスペースを増築し、尚更屋台感が増していきました」(moeさん)

「あと漫画もたくさん置いてありましたね。最後の頃は、漫画喫茶かというくらい(笑)。暇な時間になると漫画の破れたページをみんなで修繕したりしていました」(はやしさん)

「そういえば私が働き始めた頃は、“昔の喫茶店のお姉さん”という感じの黒いタイトスカートの制服がありました。でも上はバンドTシャツだったりしたのですけど(笑)。あと思い出すのはオーナーが代々猿を飼っていて、お客さんがコーヒーを飲んだり、食事をしているのをジーッと見ている事もありました」(moeさん)

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旧マサコから引き継いだ絵画やアイテムが店内のそこここに。
お店で飼われていた“猿”のイラストが描かれたマッチケースも。


政子さんが創り、福島さんが守った店を、もう一度新しく

旧マサコをオープンしたのは奥田政子さん。1950年代は喫茶店ブームで、ジャズ好きが高じ、地の利のいい下北沢にお店を設けたという。その後常連だった福島信吉さんが共同経営者となり、84年に政子さんが亡くなった後も遺志を継いで25年間お店を守り続けた。

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上:政子さんと福島さん、それと愛されていた猿たちの思い出がたっぷり詰まった写真をめくりながら。
下:旧マサコ閉店時の新聞記事


「福島さんは今もお元気で、今回の再オープンを喜んでくださっています。旧マサコを閉める際にmoeちゃんが、“いずれ私がマサコを復活させる”と言っていたので、それが果たされたのでとにかくホッとされたご様子でした。

働いていた当時もmoeちゃんはスタッフのまとめ役で、お店になくてはならない存在でした。すごくいい形で新しい〈マサコ〉を作ってくれたと思います」(はやしさん)

そう話すはやしさんも、ある意味では〈マサコ〉のDNAの継承者である。〈Jazzと喫茶はやし〉では旧マサコ時代のコーヒーカップが使われ、メニューには〈マサコ〉の名物だった餡トーストなどがある。

「私は旧マサコを辞めた後会社勤めをしていたのですが、好きなことで生きていければと思い2017年の1月に〈Jazzと喫茶はやし〉をオープンしました。当初はmoeちゃんの〈マサコ〉復活に参加できたらと考えていたので、彼女や福島さんにも相談したのですが、そのタイミングでは難しく、ひと足先に私がお店を開いたんです。

あくまで〈マサコ〉はmoeちゃんが復活させるものと認識していたので、私としては〈マサコ〉のテイストはありつつも、音楽はジャズだけじゃなくロックやニューウエーブを流したり、もう少し毛色の違うお店にしたいな、と」(はやしさん)

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ジャズ喫茶の存在自体が希少になりつつあるこの時代に、相次いで2店がオープンしたというのはいかにも下北沢らしいエピソードと言えるだろう。旧マサコの常連さんは〈Jazzと喫茶はやし〉のオープンを喜び、さらに今回の〈マサコ〉復活を歓迎した。〈はやし〉と〈マサコ〉をハシゴする人も少なくないという。

どんなに街が変わろうと、飲み屋でも喫茶店でもレコードがかかっているお店があるのが下北沢らしさ。だから私自身〈マサコ〉の復活が本当に嬉しいし、一緒に盛り上げられればと思っています。

〈Jazzと喫茶はやし〉にしても〈マサコ〉にしても、私語厳禁的な昔のジャズ喫茶のイメージではなく、自由度の高いお店なので、気軽に楽しんでほしいですね。ウチの店では女子会をやられるお客さんもいます」(はやしさん)

「当初、一緒にお店を、という話もあったものの、タイミングが合わず、美樹ちゃん(※はやしさん)が先に〈Jazzと喫茶はやし〉をオープンさせました。自分の生活も落ち着いてきた頃、彼女にも相談をし、紹介していただいた不動産屋さんでこの物件のお話をいただきました。それで、“ここ、ちょうどいいかも”って。

昨年の秋から少しづつ改装や準備を始めて、今年のゴールデンウイーク明けにオープンしました。美樹ちゃんや常連さんもタイル貼りなどいろいろ手伝ってくれたんですよ 」(moeさん)

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しかし5月といえば、コロナ禍で緊急事態宣言真っ只中というタイミングである。

「今オープンしていいのかな?とも思いましたけど、どうせみんなそんなに来られないだろうし、試運転みたいな感じでできたらいいかなって(笑)。オープンの日もあくまで身内向けにツイッターで“開店します”って知らせたつもりがいつの間にか拡散されて、それを見たお客さんが次々にいらっしゃって……。

あの頃は皆さん、家に閉じこもるしかない時期だったので、喫茶店好きの方など遠方からもたくさん来てくれた。だから想像以上に忙しかったですね。最初は美樹ちゃんがヘルプでお店に入ってくれて助かりました」

「ウチがオープンした時もmoeちゃん手伝ってくれましたし」とはやしさん。マサコでつながった2人の関係が、今も持ちつ持たれつであることが伺える。

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旧マサコの写真を手に、思い出話に花を咲かせるふたり


今後、moeさんは新しい〈マサコ〉をどんなお店にしていきたいと考えているのか。

「美樹ちゃんも言っていましたけど、ジャズ愛好家の方だけじゃなく、コーヒーや喫茶店の空気感が好きで来てくれる方も多いんですよ。だから昔のお店の匂いを残しつつ、新しいものもミックスしながら今の時代ならではの〈マサコ〉を作っていきたい。

下北沢自体、古いものと新しいものが共存するところが楽しい街だと思いますし、駅の周りがあれだけ変わって、新しい施設やお店がどんどん出来ているのはすごく興味深いこと。若い方も遠慮せずにジャズ喫茶の魅力に触れてほしいですね」

取材の最中、旧マサコ時代から使われている2台のスピーカーからは重低音を響かせて心地いいジャズナンバーが流れていた。

コロナ禍でライブが減り、“全身で音を浴びる”機会が減っている身にとってその感覚は新鮮で心地よいものだった。時にはスマホの電源をオフにし、コーヒーの香りに包まれながら音に身をゆだねる贅沢をここ〈マサコ〉で。

慌ただしい中でそんな時間を持てるお店がいくつもあるのは、下北沢ならではの魅力なのだ。


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【Jazz喫茶マサコ】
東京都世田谷区北沢2-31-2 大久ビル 2F
営業時間 12:00~22:00(L.O21:00)
木曜定休
ツイッター @JazzKissaMasako
インスタグラム @jazzkissamasako

【Jazzと喫茶はやし】
東京都世田谷区北沢2-9-22 EIKO下北ビル 3F
営業時間 15:00〜0:00
火曜、水曜定休
ツイッター @JazzKissaHayasi
インスタグラム @jazz.kissa.hayasi



写真/石原敦志 取材・文/黒田創 編集/木村俊介(散歩社)


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