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ブルックリン物語 #18 My Favorite Things 「私のお気に入り」

忙しいと口にすると心を亡くす。慌ただしいなどというと心はなおさら荒れてゆく。わかっているつもりなのだが、立て込んでくるとさすがにメールの返事やFBのリアクションは鈍ってくる。

つい最近友達から「久しぶりにFBに記事Postしてたね。少しは落ち着いた?」とメッセージがきた。今時SNSの普及でどこにいても人の生活を覗くことができる。毎日投稿していた人がしなくなると、そりゃ何かあったかむちゃくちゃ忙しいのだとすぐわかる。もろバレだったのだ。反省。少しは深呼吸でもして外に出よう。というわけで今朝は、『Answer July』の配送しがてらユニオンスクエア界隈をうろうろすることにする。

太陽が高く夏が少しだけ遠い。すでに秋の涼しい風が先の角に吹く。そうだ、この前、夜仕事のご飯で連れてってもらった大阪焼肉の「ふたご」に行こう。最近ユニオンスクエアから少し上がったところの17丁目にできたのだ。マンハッタンのコリアン焼肉は充実しているが、日本風の焼肉はここと「牛角」くらいだろう。同級生だった韓国系アメリカ人のユージン(ピアニスト)がバイトしていた「牛角」は、NYではちょっとした高級焼肉だ。ここ「ふたご」も決して安くないみたいだが、ランチならば僕でも手が届くかもしれない。

13丁目にある僕が卒業したニュースクールの校舎を過ぎ北へ数ブロック歩くと、17丁目の角を右折すれば左手に「ふたご」はある。店の前で従業員らしきメキシカンの男性が、二人でじゃれ合いながら楽しそうに掃除をしている。 もしかしたらランチはやってないのかな? ドアを開ける。お店の中には一目見て日本人駐在員だとわかるご夫婦が休日モードで焼肉を楽しまれている。よかった。案内されるまま深々としたソファ席に腰を下ろす。座ると対面のウインドーに肉を焼く時に使うプラチナトックのライブラリーが目に入る。明治神宮のお神酒じゃないけれど、常連、サポーターに敬意を表しているのだなということが伺える。なんだか店の雰囲気はオシャレなダイニングといった感じだ。

とりあえず、急に口が日本で慣れ親しんだ焼肉モードになっていたので(どんな口だ?)、メニューを手にできた喜びで思わず自然と笑みがこぼれる。何にしよっかな?

ふたごでやってらっしゃるから「ふたご」分かりやすい。店の厨房側の壁一面に描かれたふたご経営者のポートレート。焼肉の聖地、大阪・鶴橋で焼肉店を営むお母さんのもとに双子が誕生。そんな彼らが始めた「ふたご」は現在日本と海外あわせて40軒はあって、ふたごで世界中の厨房を点々と回っているらしい。

早速オーダーしてみよう。

「$19のカルビランチをいただきたいのですが、がっつり食べたいので追加の9ドルのカルビお願いできますか?」

「うちのランチは召し上がったことありますか? こんな感じになっておりますけれども。(とメニューの中のランチのページを指差す)もしよろしかったら召し上がって見て、それでも足りなかったらその時に追加された方がよろしいのではと思うのですが?」

なんだかとてもこなれていてありがたいのだけれど、焼肉新幹線モードの出鼻をくじかれたようで、ちょっぴり低速運転で悔しい。でも的確なサジェスチョンだ。

「あ、わかりました。じゃあ、キムチの盛り合わせだけでも先に追加で頼んでおこうかな」

「えーと、そちらもランチボックスのお写真ご覧くださったらわかると思うんですけれど、ボックスに既に入っておりますんでまずはそちらをお試しになって、それでもということであればその時にお考えになっては……」

「了解です!」

これでいいのだ。流れに乗っかるのが大事。とにかく大阪焼肉は目の前なのだ。

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