『政秀寺古記』を読む。

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『政秀寺古記』を読む 第3話「尾張国之様」

第3話「尾張国之様」

 夫れ尾州は八郡にして上四郡に三奉行、下四郡に三奉行あり。一家の惣領・織田彦五郎殿、清洲の城に居を置き、六人として之を守り立て候。

 備後守殿は下三奉行の中の一人也。勝幡村に在城し給ふ。那古野と云ふ処も領知なれば、新城を構へ、嫡子・吉法師殿へ進ぜられ候時、家老・政秀共に四士付けられ候。(其内、第一政秀、亜父として青山与三右衛門、並、内藤庄助、林五郎左衛門等也。)政秀、元来

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『政秀寺古記』を読む 第2話「太田和泉守牛一并平手中務太輔政秀之事」

第2話「太田和泉守牛一并平手中務太輔政秀之事」

一、太田和泉守と云ふ人は、尾州春日井郡の内、山田之庄内、天台之常観寺と云にそだちたる者なり。後、還俗し、信長公へ遅く奉公申しし者也。斯の故に、信長卿、御成立を細に知らず也。記をとし候事、これ有り。後の人、却(しりぞけ)てこれを誹(そし)る。

一、葛原親王の嫡孫、平相国大政入道清盛卿二十代の華冑、織田弾正忠、後に備中守と申しけり。此家老に平手中務太

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『政秀寺古記』を読む 第1話「執筆之動機」

第1話「執筆之動機」

一、信長卿御一代始終の名誉を弄筆して『信長記』と云ふ。尤、記の體を得たり。其情、餘り有りと見たり。然れ共、「信長」の二字より初まる記なれば、其詞は花多して、実少く、詞は多不足也。
 十三の御年、御元服の事を出して、「信長」の二字は筆少なくし、知らずとかや、聞かずとかや。「此御名乗は、誰れや人、付け給ふや」「反しは何たる文字ぞ」などと古人にも相尋ねて、委細に有るべきを、荒増し

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