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第58話 非常時の医療体制

 備えあれば患いなし。転ばぬ先の杖。Lay up for a rainy day. Hope for the best and prepare for the worst. どの国にも同じような概念がある。日頃から非常時を前提に準備をしておくからこそ、いざという時に「想定外」にも対応できるのだと今回よくわかった。

用意されていた医療計画

 台湾では、感染症流行を想定した対応計画(傳染病防治醫療網推動計畫)が平時から用意されている。毎年予算を編成し、計画の見直し、人員配置の確認、研修の実施、物資在庫の補充などを行い、時制に合う内容に最新化している。

 この計画の中で、全国を大きく6つの医療圏に分け、それぞれ指揮官/副指揮官を指名し、隔離醫院、應變醫院、支援合作醫院の3種類の病院を指定している。各医療圏の指揮官たちは、政府の感染症対策本部である中央感染症指揮センター(第22話参照)と密接に連絡を取り合い、状況と方針を共有する。
 新型コロナのような新興感染症では應變醫院がキーである。應變醫院をここでは「応変病院」と呼ぶことにする。支援合作醫院は「後方支援病院」と呼ぶ。感染症は第1類から5類までに分類されており、隔離醫院(隔離病院)は、第2-4類の感染症患者を収容する役割を担う。この分類は日本と基本的に同じなので、説明を割愛する。

 傳染病防治醫療網推動計畫では、病院の役割分担を明確にしていることが特徴だ。應變(応変)とは、「急な変化に対応する」という意味である。その名のとおり、応変病院は、非常時(例:新興感染症が発生したとき)、指揮官の命に従い、優先的に感染患者を受け入れる病院となる。医療圏ごとに応変病院を1施設、そして市単位でも1施設ずつ応変病院が指定されている。応変病院には、陰圧病床が一定数備わっており、日本の感染症指定病院に近いと思う。ただ、日本との大きな違いは、感染流行時には病棟丸ごとまたは病院丸ごと感染症専用病床に切り替わる点だ。陰圧病床の数には限りがあるが、病院全体の機能として感染対策専用になるのだ。

 応変病院の病床計画は4段構えになっている。第一段階として、病棟をひとつ丸ごと空け、患者を待ち構える。この病棟が半分埋まれば、第二段階では次の病棟を空ける。次の病棟も半分埋まれば、更に階層ごとに病床を空け、最終的には病院丸ごと空ける。応変病院といえど、平時は普通の病院だ。様々な疾患の患者が入院している。入院患者を転院させて空床を用意しなければならないので時間がかかる。だから、余力があるうちに、早め早めに次の空床を用意するのだ。感染症患者の増加スピードは今回のコロナで皆が認識できただろう。用意していた病床が埋まってしまってから、あーどうしよう、という事態を避けるためには、「半分埋まれば次」という指標はとても実践的だ。

 後方支援病院は、医療圏ごとに1施設指定され、医療センターと呼ばれる高次機能の病院がこれを引き受ける。応変病院に対し、人員や物資、医学情報などを供給する。後方支援病院は、感染患者を受け入れない。院内感染で高次の医療機能が停止しないようにするためだ。患者が重症化し、医療センターでの治療が必要だと判断された場合にはこの限りではない。

 台湾では、コロナの感染状況がとても良く制御されていたので、応変病院に病棟を空けるようにと指令が出たのは2020年4月7日だったが、結果的には爆発的に患者が増えることもなかった。しかし、そんな無駄なことをして、という批判は全くない。それも、この緊急時の医療計画が整備されており、そのコンセプトが共有されていたからだろう。

新しく作られた医療体制

 コロナ対策として新規に作られた仕組みもあった。ここでも、キーワードは役割分担

 救急外来の混雑やそれによる院内感染とサービスの質低下を防ぐために、政府は、2020年3月20日に、PCR検査用の検体を採取する161施設と重症コロナ患者を診療する50施設を指定した。

 これらの施設は全て公開され、国民は自身で直接受診、または、他施設から紹介受診できるようになった。検体採取の際、医療者は自身の感染を防ぐために適切な防護をしなければならないし、他患者への感染を防ぐためにはその環境も周到に準備しなければならない。また、検査室への検体運搬という手間もある。よって、検体採取を特定の場所に集中させることで、一般の医療機関の負担を減らし、且つ感染拡大も防いだのだ。

 重症患者の診療は専門性が高く、多くの医療資源が必要となる。重症度に応じて患者を振り分けることで、適切な資源配分を確保し、院内感染予防対策を強化することができた。

 台湾では、発熱患者は保健所や病院に電話をかけ続ける必要はなく、どこへ行くべきなのか明確だった。医療者は、病床や人工呼吸器が不足するかもしれないなどと心配することなく、己の本分である診断と治療に集中することができた。医療現場に緊張感はあっても、混乱や不安はなかっただろうと思う。


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