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第5話 マスクの乱、勃発

2020年1月22日~2月6日

 台湾では、SARS(重症急性呼吸器症候群)の経験をもとに、国内でマスクの需要が急上昇することが事前に予想されていた。政府は、マスクの備蓄は十分あること、症状のない健康な人はマスクをつける必要はないことを繰り返し発信したが、マスクの爆買いは止まらず、マスクを求めて人々が長蛇の列をなした。
 国民がマスク購入に動き出したのは、最初の感染者が出た直後の2020年1月22日頃だった。薬局やスーパーはもちろんのこと、マスク製造工場にまで人が殺到した。需要と供給のバランスが崩れたことから、多くの人にとってはマスクが手に入らない事態となった。これをマスコミは「マスクの乱」と呼び、連日報じた。この後、マスクが安定供給される3月初めまで、マスクに関する報道を目にしない日はなかった。

 この間、新型コロナ対策本部である中央感染症指揮センターはマスクに関する情報発信を続けた。衛生福利部(厚生省に相当)に備蓄しているマスクの在庫数を公表し、かつ、経済部(経済産業省に相当)は国内のマスク製造量と流通量を調査し、その結果を日々発表した。1月23-24日は衛生福利部が連日マスク100万枚を、1月29-30日には連日600万枚のマスクを4大コンビニに提供した。経済部は、マスク製造業者に増産を依頼し、物流業者・販売業者との連携を強化し、マスク流通につとめた。1月31日からは、国内で生産するマスクをすべて政府が徴収し、全国の大手コンビニで購入できる環境を整えた。兵士も作業員として動員され、1日最大390万枚まで製造可能な体制となった。
 一方で、需給の逼迫を予想した政府は、1月24日に1ヵ月間の医療用マスクとN95マスクの輸出禁止命令を出した(この命令はその後延長された)。1月30日には個人用マスクの海外持ち出しに対しても1人250枚までと上限を設定し、春節期間中に一時帰省している台湾人または観光目的で訪台中の中国人がマスクを大量に持ち帰るのを防いだ。この命令に対して、国内では批判と称賛が飛び交い、マスクの乱を盛り上げた。
 これまでの台湾はマスク輸入国であったが、このままでは乗り切れないことは自明だった。1月下旬にタイやインドにマスク受注を打診したが、中国からの注文で手一杯だと断られてしまった、と経済部部長(経済産業大臣に相当)は後日のインタビューで答えている。1月31日に台湾は大きく舵を切った。「1ヵ月後にマスクの国内製造量1000万枚を目指す」と行政院長(首相に相当)が号令をかけたのだ(この時点での国内設備では1日最大生産可能量400万枚)。具体的には、国内のマスク製造工場内に製造ラインを60本新設し、製造を委託するという計画だった。この発表を聞いてすぐさま動いた人たちがいた。マスクにまつわる新たなドラマがここから始まるのだが、長くなるので別稿(第8話)に譲る。

 2月3日に、マスクの実名制購買を2月6日より開始することを政府が発表し、マスクの乱が(一応)収束を見せた。(詳細は第6話にて


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