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エスカレーターに巣食うヤマタノオロチ

思い出せません。

電車に乗ってたら、

「あ、今日これ書こ」

と、思いついた話が思い出せません。

頭に浮かんだとき

「これはおもしろい」

と思ったのに。すっかりどこかへ飛んでいってしまった。
エピソードの欠片も粒子レベルで残ってません。
思い出せる自信がないことに自信を持てるほど思い出せないんです。

原因はわかってます。

 
ヤマタノオロチのせいだ。

 
電車を降りて、長ぁーいエスカレーターに乗ってるとき。
ふと前方を見てみると、そこには髪の毛を染めた1人の女性の姿が。

プリンというやつです。
染めた髪を長く放置してるせいで、全体の8割は金だけど頭頂部は黒という、まだらに仕上がったあの状態。
キューティクルが一家離散したような髪を携えた女の人が、目の前にいたんです。

別に珍しいことじゃありません。
こんな髪の状態の人は世の中ごまんといます。そりゃこれだけじゃ印象になんて残らない。

ただ、そこに、

風が。

地下から地上に吹き上げる、いや吹き下がる。
地下深く潜った電車を降りたらば浴びることになる、あの独特の動きの風が。

女性の髪の毛を操った。

艶のある、生き生きとした髪だったならヴィダルサスーン〜と揺れたでしょう。

だがしかし、前方の女性はボソボソプリン。
こう言っちゃなんですが、髪の毛一本一本がご臨終なさってます。
そうなるとね、
 
 
すんごい動きを見せるんだから。
 
髪の毛が蠢いて蠢いて。

 
悪い喩えしか出てきませんが、生命の果てた躯が傀儡の糸によって動きだしたよう。
身も蓋もない言い方すると、

ゾンビみてぇ。

スワァーー……っとね、浮くんです。
髪がね、
ソワァーー……っと、
一本一本がいろんな方向に、
ホワァーー……っと、浮くんです。

静電気の玉を触ったら髪の毛が逆立つ、あんな感じで。

ゆっくりと縦横無尽に、

フワァーー……っと。

 
それを見て思ったんです。
 
 
まるでヤマタノオロチじゃないか

と。
 
 
東京でヤマタノオロチを見れるなんて、なかなかそんな機会ありませんからね。
しかも金色ですからね。

ヤマタノオロチ・改 金色(こんじき)のメデューサREMIXバージョン

みたいなことですよね。

いいもんが見れたと1人で頷いていたんです。

 
しかし、これがよくなかった。
 
 
仕事が終わり、今日行きの電車で思いついたことを書こうとしたら、

それが何だったのか、まるで思い出せないんです。

いくら頭を捻っても、
記憶の引き出しをこじ開けても、浮かんでくるのは

ヤマタノオロチだけ。

エスカレーターで蠢くあのオロチの映像しか出てこない。

喰われちまった。
オレのおもしろいやつが、生贄になって喰われちまった。

見るんじゃなかった。
凝視するんじゃなかった。

今も瞳を閉じれば瞼の裏に浮かんでくるのはオロチ。

 
悔しいったらありゃしません。
その題材は本当におもしろかったのに。
ここに書けば、読んだ人が確実に笑い転げるものだったのに。
5年に一度、いや、10年に一度あるかないかというくらい、おもしろい話だったのに。

「忘れるくらいなら、そこまでおもしろくなかったんじゃないの?」
という野暮なことを言うのはナシでお願いします。
そんなのは野暮。大野暮です。

いやぁ思い出したいな。
絶対みんな声をあげて笑う話なのになぁ。
文章でここまで笑うか?ってくらい、とんでもなくおもしろいやつだったのになぁ。
読んだ人が全員、
「これまで生きてきた中で、この話が一番おもしろい!」
と言うであろうエピソードだったのになぁ。

でも無理ですわ。
忘れたんで。

本当にありがとうございます!! 先にお礼を言っときます!