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【連載小説】秘するが花 11

藤若 6

 幽霊はこの世の無念を語り、
 僧と観客はそれを哀れむ。
 無念を語り切った幽霊の魂は、
 浄化され鎮魂される。
 幽霊の鎮魂に立ち会った
 僧と観客の魂も浄化される。
 
 滅びが美しいのではない。
 滅びに向かって燃え上がり、
 燃え尽きる命こそが、
 美しいのだ。

 滅びる運命にある登場人物。
 それが、燃え尽きた後に成仏する。
 そのことで、観客は知ることになる。
 喪失した後にも再生があることを。
 そして、舞台には幸福感が残される。

「これでこそ、寿福増長」
 
 まて。
 そもそも、何故、幽霊は現れる?
 怨みを晴らしに現れる?
 
 藤若の胸を、また、何かが通り過ぎる。
 
 幽霊は、
 思い出して欲しくて、現れる。
 忘れて欲しくないから、現れる。

 藤若は、手で口を覆う。
 
 父は、思い出して欲しくて現れたのか。
 
 室町殿からのお召の折、
 夢の話をしてみよう。
 亡父とつながった夢の話。
 はざまの世での出来事を。
 室町殿は、
 生まれも育ちも西のお方。
 それゆえ、
 その魂魄は、西の土から成る・
 されども、
 流れる血は、東の土から成るお方。
 きっと、室町殿も父を悼んでくださる。

 とはいえ、すべてを語る必要はない。
 いや、すべてを語るべきではない。
 
 新しい能を創る。
 夢と現のはざまをつなぐのは、幽霊。
 藤若はふと、頬に触れた。
 
 藤若は、いつしかまた、泣いていた。

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