「さようならの理」千賀泰幸

「日本人の美学とその歴史」を研究。 2015年発現した肺がんに心身共に蝕まれる中で学び…

「さようならの理」千賀泰幸

「日本人の美学とその歴史」を研究。 2015年発現した肺がんに心身共に蝕まれる中で学び始めた「死生観」→「日本人の美学:さようならの理」の軌跡と展開をここに記します。 2022年には新しいがんが発現。未だ生きていることが誰かの希望になればと。

記事一覧

約束の「さようなら」2

約束の「さようなら」より 片桐頼継は、がんで逝った。 片桐は、ぼくらに自分の病気の事を知らせなかった。 片桐の奥さんから、病名を聞かされた時には、もう、手遅れだっ…

約束の「さようなら」

2006年10月15日。片桐頼継が逝った。 片桐との約束を果たさないまま、ぼくは、片桐を見送った。 約束を果たしていなかったから、 ぼくには「さようなら」ができなかった。…

【連載小説】秘するが花 18

室町殿 7「吉野の野に  たえて南朝なかりせば   春の心はのどけからまし」    狂言好きの室町殿は、  詠って南朝の殲滅戦をほのめかす。  南朝の帝がいる限りは、 …

【連載小説】秘するが花 17

室町殿 6 頼朝公から百五十年の時を経て、  再び、二人の帝が並立した。  この二帝並立は、  後醍醐帝の暴走から始まる。  神代の代から信じられた「百王説」。  …

【連載小説】秘するが花 16

室町殿 5 今は昔、二人の帝がいたことはあった。  平家は都落ちとともに、  屋島にて三種の神器を持つ  安徳帝の朝廷を開いた。  それに対抗して、  京では後鳥羽帝…

【連載小説】秘するが花 15

室町殿 4 こうして、  誰もが室町殿を好きになった。  誰もが、争って  室町殿から気に入られようとした。  室町殿には、敵がいなくなった。  むろん、南朝を除いて…

【連載小説】秘するが花 14

室町殿 3父から愛された室町殿は、 人を動かす天才だった。 室町殿は、人が動く理由が、 三つしかないことを知っていた。   一、利益を得られるから。 二、罰を受けてし…

【連載小説】秘するが花 13

室町殿 2 室町殿は、よく、この時の夢をみる。  夢の中でなら、父と一緒にいられる。  そして、この夢から醒める度に、  室町殿の中で怒りの焔が燃える。  自分をこ…

【連載小説】秘するが花 12

室町殿 藤若を退けた室町殿は、  しばらく目を閉じていた。  自分の喪失感が意外だった。    関白二条良基の導きで、  藤若の父を見たのは十年前か。    室町殿は…

【連載小説】秘するが花 11

藤若 6 幽霊はこの世の無念を語り、  僧と観客はそれを哀れむ。  無念を語り切った幽霊の魂は、  浄化され鎮魂される。  幽霊の鎮魂に立ち会った  僧と観客の魂も…

【連載小説】秘するが花 10

藤若 5 ならば、どの幽霊にする。  幽玄な、  優美で、  気品があり、  やさしい霊。  男が良い。  ああ、武士が良い。  武士に怨霊なし、という。  現世の怨…

【連載小説】秘するが花 9

藤若 4 もしも、かなうものなら、  父の霊が登場する能を創りたい。  父を弔い、  父が幸せになる能を創りたい。    藤若は、首を横に振る。  いやいや、  死霊…

【連載小説】秘するが花 8

藤若 3 その父は、もう、いない。    おれは、どうすればよいのか。    藤若には、  父が得意とした能を  舞うことができなかった。  藤若と父では、体格が違っ…

【連載小説】秘するが花 7

藤若 2 室町殿のお召を待つうちに、  ふと、藤若はまどろんでしまった。  そして、夢をみた。  藤若には、あの夢は、  神仏のお告げである霊夢  としか思えなかっ…

【連載小説】秘するが花 6

藤若藤若は、そこで目を覚ました。 至徳元年(一三八四年)の六月。 静かな雨が降る、たそがれ時。 今日と今夜のはざまの刹那の時。 ここは、花の御所の控えの間。 室町殿…

【連載小説】秘するが花 5

はざまの世 5「お前は、胡蝶ではなく、  紅梅と関係がありそうだ」  わたくしが思ったことを、  赤の狐面が言います。  胡蝶の姿が見えなくても、  紅梅はそこにい…

約束の「さようなら」2

約束の「さようなら」より 片桐頼継は、がんで逝った。 片桐は、ぼくらに自分の病気の事を知らせなかった。 片桐の奥さんから、病名を聞かされた時には、もう、手遅れだった。 「水臭い奴め」と怒りもしたが、 ぼくに「親友の死に怯える時間」を与えたくなかったからか とも、想った。 その結果、ぼくの中の片桐は、今でも若くて元気だ。 2015年6月、片桐の死から8年後、ぼくにもがんが発現。 5年生存率5%との診断だった。 ぼくの「5年致死率95%の病気」を大切な人に、知らせるか否か。

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約束の「さようなら」

2006年10月15日。片桐頼継が逝った。 片桐との約束を果たさないまま、ぼくは、片桐を見送った。 約束を果たしていなかったから、 ぼくには「さようなら」ができなかった。 レオナルド・ダ・ヴィンチの研究者である片桐頼継 出会いは学習院大学の演劇部。 特に長い時間を共有したわけではなかった。 けれども、深い時間を共有した。 「いつか、金井と3人で一緒に芝居をしよう」 それが、片桐との約束だった。 能楽師金井雄資との縁は、大学入学式で隣の席に座った時から始まる。 それまで特

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【連載小説】秘するが花 18

室町殿 7「吉野の野に  たえて南朝なかりせば   春の心はのどけからまし」    狂言好きの室町殿は、  詠って南朝の殲滅戦をほのめかす。  南朝の帝がいる限りは、  南朝は滅びることはない。  つまり、  南朝の帝さえいなければ、  南朝は滅びる。  楠木あたりに  南朝の帝を道連れにさせればよい。  平家が安徳帝を道連れにしたように。  室町殿の言霊は、  北朝の公家たちの血を凍らせた。  狂言好きの室町殿。  それでも、帝の命に指がかかることは、  公家にとって最大

【連載小説】秘するが花 17

室町殿 6 頼朝公から百五十年の時を経て、  再び、二人の帝が並立した。  この二帝並立は、  後醍醐帝の暴走から始まる。  神代の代から信じられた「百王説」。  予言詩「野馬台詩」にある 「百王の流れはついに尽きる」  という予言。  第九六代の後醍醐帝も、  その予言が成就することを信じた。  史上で最も優秀で、  有能な帝となることを期待された  後醍醐帝。  それ故に、  後醍醐帝は、  帝位に就けるはずがなかった。  だからこそ、  奇跡的に帝位に就いた後醍醐帝は

【連載小説】秘するが花 16

室町殿 5 今は昔、二人の帝がいたことはあった。  平家は都落ちとともに、  屋島にて三種の神器を持つ  安徳帝の朝廷を開いた。  それに対抗して、  京では後鳥羽帝が  三種の神器が無きままに即位した。  この時にも、二人の帝が存在した。  神器の有無でいえば、  安徳帝が今の南朝、  後鳥羽帝が北朝ということか。  正しき帝の象徴は、三種の神器。  八咫鏡、八尺瓊勾玉、草薙の剣。  されど安徳帝の入水とともに、  草薙の剣は、失われた。  それでも、  平家の滅亡とともに

【連載小説】秘するが花 15

室町殿 4 こうして、  誰もが室町殿を好きになった。  誰もが、争って  室町殿から気に入られようとした。  室町殿には、敵がいなくなった。  むろん、南朝を除いては。   「何故、父は死んだのでしょうか」    藤若のつぶやきに、  室町殿は答えなかった。  藤若は、 「殺された」  という言葉は選ばなかった。  北朝の頂点に立つ室町殿は、  南朝にとって最大の敵。  最大の敵を除くことは、  勝利への最短の路。  敵の手を封じることができれば、  敵を機能不全に陥らせる

【連載小説】秘するが花 14

室町殿 3父から愛された室町殿は、 人を動かす天才だった。 室町殿は、人が動く理由が、 三つしかないことを知っていた。   一、利益を得られるから。 二、罰を受けてしまうから。 三、己が美しいと思えるから。   室町殿は、 この三つの理由を駆使して人を動かした。   人を動かす室町殿の武器は、 「言葉」だった。 室町殿は 「相手の欲しい言葉」を 与えることができた。 人は、自分の欲しい言葉をくれる相手 を好ましく思う。 そして、人は、 好ましく思う相手の言葉を信じる。 自分

【連載小説】秘するが花 13

室町殿 2 室町殿は、よく、この時の夢をみる。  夢の中でなら、父と一緒にいられる。  そして、この夢から醒める度に、  室町殿の中で怒りの焔が燃える。  自分をこの世で一番愛してくれた父。  尽きぬ絶望の中で死んでいった父。  父を絶望させた 「なにごとか」  への怒りの焔。    室町殿は、  父から授かった「春王」の名を封じた。  北朝の帝から頂いた「義満」を名乗る。  父の怨みを晴らした時に、  その時にこそ、  再び、春王になろう。  室町殿が 「室町殿」  と称す

【連載小説】秘するが花 12

室町殿 藤若を退けた室町殿は、  しばらく目を閉じていた。  自分の喪失感が意外だった。    関白二条良基の導きで、  藤若の父を見たのは十年前か。    室町殿は、あの男の顔に、  不思議と亡父の面影を見た。  男は、ちょうど、  亡くなった父と同じくらいの歳だった。  その息子、鬼夜叉は十歳。  室町殿が、父を亡くした歳だ。  室町殿が  鬼夜叉を差し出せ  というと、男は黙って笑った。  その笑顔は、何故か、  父の最期の笑顔に似ていた。  息子を深く愛する父の顔だっ

【連載小説】秘するが花 11

藤若 6 幽霊はこの世の無念を語り、  僧と観客はそれを哀れむ。  無念を語り切った幽霊の魂は、  浄化され鎮魂される。  幽霊の鎮魂に立ち会った  僧と観客の魂も浄化される。    滅びが美しいのではない。  滅びに向かって燃え上がり、  燃え尽きる命こそが、  美しいのだ。  滅びる運命にある登場人物。  それが、燃え尽きた後に成仏する。  そのことで、観客は知ることになる。  喪失した後にも再生があることを。  そして、舞台には幸福感が残される。 「これでこそ、寿福

【連載小説】秘するが花 10

藤若 5 ならば、どの幽霊にする。  幽玄な、  優美で、  気品があり、  やさしい霊。  男が良い。  ああ、武士が良い。  武士に怨霊なし、という。  現世の怨みは、現世で晴らす。  それが、武士という生き物。  だからこそ、  武士は亡霊にはなっても、  怨霊となり、祟る事はない。  武士ならば、怨霊になることを、  観客が心配することもない。  哀しく死んだ武士の幽霊。  できれば、美少年。  そうだ、平家の公達が良い。  今より二百年も前に、  敗れた者たちの

【連載小説】秘するが花 9

藤若 4 もしも、かなうものなら、  父の霊が登場する能を創りたい。  父を弔い、  父が幸せになる能を創りたい。    藤若は、首を横に振る。  いやいや、  死霊を舞台に出すことは、  禁忌だった。  あらゆる芸能において、  鬼を演じても、  死霊を演じる者はいない。  なぜなら、死霊は祟るから。  死霊は、演者はもちろん、  観客にさえも祟るからだ。  いや、まて。  ならば、  祟らない死霊  であれば、どうか。  恐ろしい怨霊ではなく、  美しく、  幽玄な霊、

【連載小説】秘するが花 8

藤若 3 その父は、もう、いない。    おれは、どうすればよいのか。    藤若には、  父が得意とした能を  舞うことができなかった。  藤若と父では、体格が違ったからだ。  父は、人並外れて大柄な身体で  優美に女を演じた。    特に父の小野小町は絶品だった。  アメノウズメを始祖とする、  猿女君の一族の小野氏。  その小野氏の祭祀を司る  采女であった小町。 「ちはやぶる   かみもみまさば   たちさばき   天のとがはの   樋口あけたまへ」  と歌って雨

【連載小説】秘するが花 7

藤若 2 室町殿のお召を待つうちに、  ふと、藤若はまどろんでしまった。  そして、夢をみた。  藤若には、あの夢は、  神仏のお告げである霊夢  としか思えなかった。  いや、あれは夢ではなく、  現実の出来事ではないか。  我が魂は「はざまの世」へ至ったのだ。 「芸が高まれば、  死者と邂逅することができる」  鬼夜叉の頃、  祖父の死に接して、  死ぬのが怖いと泣いた時。  父にそう教えられていた。    きっと、あれがそうだ。  父が命と引き換えに、  息子の特別

【連載小説】秘するが花 6

藤若藤若は、そこで目を覚ました。 至徳元年(一三八四年)の六月。 静かな雨が降る、たそがれ時。 今日と今夜のはざまの刹那の時。 ここは、花の御所の控えの間。 室町殿(むろまちどの) のお召を待ちながら、  藤若は束の間の眠りに落ちていたようだ。 父の急死の報を受けてから、 もう、幾夜も眠っていない。 夢を、いくつもの夢をみたようだ。 藤若は、長い時を、夢の中で過ごした。 しかし、醒めてみれば、 それは僅かな時間。 夢の中では、時の流れは速い。 栄華のほどは五十年。 さて夢

【連載小説】秘するが花 5

はざまの世 5「お前は、胡蝶ではなく、  紅梅と関係がありそうだ」  わたくしが思ったことを、  赤の狐面が言います。  胡蝶の姿が見えなくても、  紅梅はそこにいました。  つまり、紅梅と一緒にいるのは、  胡蝶でなくとも良いということ。  わたくしの夢を、狐面たちは、  一緒にみているのです。 「何代か前の記憶、かもしれぬ」  新しい声が、  わたくしの頭の中に響きます。 「何代か前の記憶?」  問うわたくしには、  この声が亡き父の声に聞こえます。 「松明の炎を、他の松