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【連載小説】秘するが花 16

室町殿 5

 今は昔、二人の帝がいたことはあった。
 平家は都落ちとともに、
 屋島にて三種の神器を持つ
 安徳帝の朝廷を開いた。
 それに対抗して、
 京では後鳥羽帝が
 三種の神器が無きままに即位した。
 この時にも、二人の帝が存在した。
 神器の有無でいえば、
 安徳帝が今の南朝、
 後鳥羽帝が北朝ということか。
 正しき帝の象徴は、三種の神器。
 八咫鏡、八尺瓊勾玉、草薙の剣。
 されど安徳帝の入水とともに、
 草薙の剣は、失われた。
 それでも、
 平家の滅亡とともに、
 帝は一人になった。
 二つを一つに、
 二人を一人に、
 収めたのが、初代鎌倉殿源頼朝公。
 武家の棟梁鎌倉殿は、
 失われた草薙の剣の替わりとされた。
 
 室町殿は、頼朝公が父の仇討ちで
 平家を滅ぼしたことを知っていた。
 頼朝公が信じたのは、
 父、源義朝公の怨霊。
 清盛との権力闘争に敗れて、
 臣下の裏切りに死んだ源義朝。
 西国武士の棟梁清盛に敗れた、
 東国武士の棟梁義朝。
 本来ならば
 処刑されるはずの頼朝が助命された。
 あまつさえ、
 流刑されることで
 東国の土の祝福を得た。
 何もかも、
 怨霊となった義朝の守護のおかげ。

「武士は怨霊にならない」

 それは、公家の勝手な願望だった。
 無念のうちに命を落とせば、
 武士であろうが怨霊になる。
 怨みが深ければ深いほど、
 強い力を持つ怨霊となる。
 しかし、平家にとっての怨霊は、
 源氏にとっての守護神になる。
 義朝の怨霊は、
 頼朝を何度も死地から救った。
 頼朝の幸運は、
 守護神である義朝の怨霊が
 もたらしたものであった。

 少なくとも東国の武士たちは、
 そう信じた。

 だからこそ、
 頼朝を東国武士の盟主に担ぎ上げた。
 
 人の信じる力。
 それこそが、
 それだけが、
 奇跡を生むのだ。
 
 その東国武士の中心には、
 坂東平氏がいた。
 かつて平将門と共に
 西からの独立を夢見た坂東平氏たち。
 伊勢平氏の清盛に対向すべく
 源頼朝を祀り上げた。
 結果、清盛の平家を滅ぼすだけでなく、
 幼い帝さえ葬り去った。
 怨みを晴らした義朝の怨霊は、
 怨霊とは認識されずに消え去った。
 
 今度は、室町殿の番だ。
 室町殿が二人の帝を一人にすれば、
 室町殿の父の怨霊は消える。
 いや、
 室町殿の守護神は
 祝福されることになる。

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