見出し画像

ドラマ『海のはじまり』特別編「恋のおしまい」は、観る価値のある特別編でした

登場人物を誰も置き去りにしない、生方美久脚本の本領発揮という様相を呈して淡々と進行しているドラマ『海のはじまり』。

登場人物誰かの心をえぐって傷つけるような辛辣なセリフたちが、ネットでいつも話題になっていますよね。私もときにドキッとさせられながら観ています。

ただ自分たちの日常を振り返ってみると、ごく身近な家族に対してはつい強い言葉を言い放ってしまいがちだし、自分の感情が抑えきれずに他人にさえ”黒い言葉”を吐き出してしまうことも実際あると思います。

そういう意味で生方氏脚本は、いつも人間の本質を鋭く突いてくるなぁ…と感心させられることばかりです。

目黒連の体調不良の影響で放送されたドラマ『海のはじまり』特別編「恋のおしまい」。この特別編は撮る意味のある、観る価値のある特別編だと感じました。

水季と津野の関係性はこれまで本編の中でも描かれてきたので、ある程度は理解していたつもりでした。でもこの特別編によって、二人の本当の関係性が明らかにされました。

それにしても、古川琴音と池松壮亮の巧みな演技には魅せられてしまいます。セリフのようなセリフじゃないような…心の動きと仕草と表情とセリフがすべてきちんと連動された自然な演技に、 時間を忘れて引き込まれてしまいました。

水季と津野は、お互いのことを想い合っていた…。病気が発覚して入院した水季が「津野さんの気持ちを利用している」みたいなセリフがあったので、津野の方が一方的に水季を想っているのかと思っていました。

でも水季もまた津野のことが好きだった…。好きだけど、一歩踏み出すには海の存在があまりにも大きすぎたということですよね。

夏の将来を考えて一度はおろそうと決めたものの、密かに一人で海のことを産む決心をした水季。あのとき夏より海を選んだ時点で、自分のことよりも海のことが一番という水季の人生の選択肢はもう決まっていたという感じでしたね。

お金のことが心配なら、三人で一緒に暮らそうと不器用な優しさで提案する津野。長い会話のやり取りですが、どのセリフもカットできないのであえて全部書いてみます。

「津野さんのこと好きです」
「うん」
「一回、結構何回か考えました。そういうのどうかなぁって」
「うん」
「でもそれ、私がそうしたいんじゃなくて…いや、そうしたいんだけど。それ以上に海がどうかってことで…」
「うん」
「海のお父さんとして、ずっと考えてたんです」
「うん…。いいよ」
「よくないです」
「いいよ」
「ダメです」
「お父さんとしてどっかダメなの?」
「ううん…いいです」
「じゃあ、いいじゃん」
「ダメです」
「なんで?好きとか言っといて…」
「それはホントに」
「人としてってやつでしょ?よく言われる」
「もっと、もうちょっと、なんかある好きです」
「もうちょっとなんかある…なに?」
「手とか握れます」
「そっか」
「はい」
「じゃ一緒にいようよ」
「ごめんなさい」
「ふざけてごまかさないで」
「海がいるから…。絶対忘れらんないです」
「誰を?」
「よく言う、女の恋は上書き保存ってやつ…あれ大嘘ですよ。別ファイルだし、海と共有してるし」
「いいよ別に…」
「好きだなぁって思うたび、思った直後に毎回そっちも思い出しちゃうの。嫌でしょ?そんなの」
「嫌だけど、いいよ」
「いいよ、いいよ、うるさいな」
「いいから…ホントに…」
「津野さんのためを思ってとかじゃないんです。相手のためを思うなら付き合いますよ。両想いなんだから。津野さんとか、海とか、あと…その父親とかに申し訳ないとか、そんなことちょこっとしか思ってないです。自分が嫌なんです。今になって恋愛してるのも、それでいちいち前のこと思い出しちゃうのも嫌なんです」
「そんなの…南雲さんが勝手に嫌なだけで、俺が気にしないならいいんでしょ?」
「今はまだいいんです。これからですよ。今はギリギリ大丈夫だけど…」
「なに?」
「二人きりになりたいなぁ…子供邪魔だなぁ…この子じゃなくて、この人の子供がほしいなぁ…って思うようになっちゃうの、怖いんですよ。海がずっと一番って決めて産んだから。半分は無意識だったけど、半分はわざとです。海の話ばっかりするの。忘れちゃうの怖いから。二人でいるの楽しいってなりすぎるの怖いから。ごめんなさい」
「うん、いいよ」
「いいよって言うしかないですよね」

ドラマ『海のはじまり』特別編「恋のおしまい」より

なんとも切ない二人の表情に、胸がしめつけられる想いがしました。津野のごく短い「うん」「いいよ」という言葉に、一体どれだけ深い想いが込められていたかと思うと泣けてきます。

海の父親になってもいいとさえ思ってくれていた津野の優しさが分かっていながら、一人の女性としてよりも母として生きる道を選んだ水季の強さが痛いほど伝わってきました。津野への言葉たちすべてが、一生懸命自分自身を納得させようと言い聞かせているようにも聞こえました。

水季と津野の二人のデート風景は、微笑ましくて癒されました。サンダルからのぞくブルーのペディキュアを見た津野に、「かわいい」と言われたときの水季の嬉しそうな顔。あんな柔らかな表情、なかなかドラマの中では出てきませんからね。

津野の肩に頭を乗せた水季との愛しい時間が少しでも長く続くようにと、靴ひもを結ぶのをわざと先延ばしにする津野の気持ちが手に取るように伝わりました。

水季と津野、二人だけの時間が一度でもこうして持てたことは幸せなことだったのでは?と私は感じました。確かにお互いに想い合いながら、それ以上の関係性になれないもどかしさはあったと思います。

それでも、水季にずっと寄り添い続けた津野の愛情は水季の心の支えになっていたと思うし、ある意味恋愛以上の絆が二人の間に存在していたことは間違いないと思うので。

この特別編を観て、水季の訃報を電話で聞いたときの池松壮亮のあの心震える演技の重みや凄みがまた増したような気がします。あのセリフのない演技は今でも目に焼き付いて離れません。

ドラマは、夏が海の父として生きる決断をしたところですが、弥生の気持ちは揺れている…。全12話になるようなので、今後もいろいろな展開が予想されます。

生方氏の描く親子愛がどんな形になっていくのか?エンディングがどうなるのか?ドラマ『海のはじまり』からまだまだ目が離せません!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?