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役に立たない蝉の話

お盆休みに考えた。

閑さや岩にしみ入る蝉の声」という芭蕉の夏の句はとても有名だけど、いったいどの種類のセミだったのだろう?

実は、同じ疑問を持った方々がおられることをWikipedia先生に教えてもらった。

なんと、歌人でもあり精神科医であった斎藤茂吉と、夏目漱石の弟子の一人で、東北大学の附属図書館長も務めた小宮豊隆が、1925年から2年越しで論争したことがあったらしい。山形出身の茂吉が「アブラゼミだろう」と主張したのに対して、福島出身の小宮は「それは句にふさわしくない。ニイニイゼミに違いない」と対抗した。1927年に岩波書店の岩波茂雄が、神田にある小料理屋「末花」にて一席を設け、茂吉、小宮豊隆、安倍能成、中勘助、河野与一、茅野蕭々、野上豊一郎といった錚々たる文人を集めて論議したと、Wikipedia先生には書かれている(出典は中尾舜一 『セミの自然誌』中央公論社〈中公新書〉、1990年7月25日。ISBN 4121009797とのこと)。

「結局、この句は山形の立石寺で旧暦5月27日(新暦で7月下旬)に作られたことと、この時期に山形でアブラゼミは鳴かない」ことから、茂吉が論破された形となったらしい。(なお、このエピソードは〈業界〉ではつとに知られていることと、歌人であり東京大学副学長・附属図書館長・大学院情報科学研究科教授でもある坂井修一先生に教えていただいた。)

個人的には、ニイニイゼミの鳴き方も、この句の雰囲気として合わない気がしていて、私としては「ヒグラシ」を推したい。「カナカナ……」というヒグラシの鳴き声は、神奈川県民として小学生を過ごした自分にとって、「夏休みがもうすぐ終わってしまう……」という象徴だったのだが、仙台に越してきて、夏の最初からヒグラシが鳴いているのに驚いた。

ところで、セミの鳴き方はどのような遺伝的プログラムに支配されているのだろう?

今だったら、以下のようなストラテジーで調べることができるのではないかと考えてみた。

1)あまり旋律性の無いアブラゼミを対照とし、もう少し旋律のあるヒグラシ、そして高度に発達したツクツクボウシの3種のセミを全ゲノムシーケンスする。
2)上記3種のセミの神経系組織を摘出して、単一細胞RNAシーケンスを行い、その中から配列の似ている遺伝子10個程度と、似ていない遺伝子10個程度を選んで、in situハイブリダイゼーションにより、それらの遺伝子が働いている神経細胞を同定する(とりあえず、神経系以外で働いている遺伝子は、鳴き方以外の違いに関わるものと想定して、置いておく)。
3)上記の神経系で働く遺伝子候補について、1)のゲノムDNAの配列を比較して、制御領域の違いを見出す。
4)上記3)の制御領域にゲノム編集により変異を入れた遺伝子改変アブラゼミを作製して、鳴き方を調べる。果たして、アブラゼミはヒグラシやツクツクボウシのような鳴き方になるだろうか???

上記のアイディアは、とりあえず現状で可能なstate-of-artな最先端技術を用いて可能と思われる実験を想定したものである。もちろん、実験動物として飼育されていないセミを用いたゲノム編集は、初チャレンジになるだろうから、4)の段階には準備も含めて時間はかかるだろうが、ショウジョウバエでは当たり前に行われているし、徳島大学からスピンアウトした企業グラリスではコオロギを用いたゲノム編集研究が為されているので、だったらセミでもなんとかできそうな気がする。

おそらく、チャレンジングかつ何の役にも立たない研究だと思うので、科研費獲得は困難かもしれないが、もしかしたら、面白いと思ってくれる大金持ちのパトロンや市民が多数いるのであれば、クラウドファンディングなら可能かもしれない。

……というようなことを考えてみたのは、締切りの早くなった科研費申請書からの逃避……。

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