ボクは、コイツが、ニガテだ。
ユニフォームがニガテだ
01
僕には、好きな物と、苦手なものがある。
好きな物は、サッカーだ。
22人が一つのボールを追いかけまわして、相手のゴールに入れながら得点を競うスポーツだ。僕はこのサッカーというスポーツの、いわばファン……
いや、サッカー的に言うのであれば、サポーターと呼ぶべきか。
正直こんな言い方をクラスのみんなには言わない。
絶対に。
自分を『オタク』だと思われたくないからだ。
そして、僕には、苦手なものがある。
それは……
「やっほー!すぎっち!元気っち?」
……隣の席の、早見ゆかりだ。
02
「ん?どうしたのすぎっち?難しい顔しちゃって」
こいつ<早見ゆかり>は、僕の隣の席という職権を乱用して、執拗に弄ってくる。
そう。
僕にとって最悪のサッカー弄りを……!
「あ!もしかしてすぎっち、まーたシャツの下、どっかのクラブのユニ着ちゃってるんじゃないの??」
なぜバレたし!!!
友達どころか親にすら教えてない、この世が仮にひとつしか無いのなら、僕にしか分からない事実というか、秘密というか。
というかそもそも、どうしてそんなものを着ているんだと聞かれるなら、それはもちろんサッカー愛というか、愛サッカー精神というか。
まあ、正直言えば、昨日の夜に来たユニを早く着たくて今日学校に着て来てしまっただけなんだけどな……
「んふふふ♪なーんだ、そんなことなら早く言ってよ!ねえ、ねえ!私にも見-せて!」
とまあ、そんな台詞を言い終わる前に、早見は僕のシャツの第一ボタンに手をやり、すかさずボタンを外して第二ボタンへ手をかける芸当をほんの0.5秒、フレーム単位でやりやがった…!
「ちょ!!!!!!!お前、何やってんだよ!!!!!」
「なにやってるって……そりゃあ、すぎっちの服をひん剥いているんじゃん!」
その言い方には語弊があるだろ!
「だーって、早く見たいじゃん、どんなユニ着てるか……」
そんな、語尾に怪しげな余韻を残しながら、その手はすでに第三ボタンを制圧し、第四ボタンも攻略しつつあった。
手際が良すぎる…!
まさかこいつ、「こういうこと」に手慣れてるんじゃ……
「あ!いま私が誰にでもこういうことやるって思ったでしょ?ねえそうでしょ?」
だからなぜバレたし!!
読心術でもあるのか。それとも念能力か、新手のスタンド攻撃を受けているッ!?
「……大丈夫…私も、はじめてだから……」
…え?
それってどういう意味で……
そんな幻術まがいのささやき戦術のおかげで、僕のシャツは完全に剥がされ、この世で僕しか見てないユニがあらわになった。
「はい完了!ねえねえ、ちょっと動揺したでしょ?心臓、少し早くなってたよ?」
「そ、そ、そんなわけねえだろうがよ!!!???」
はい、完全にそうです。
03
「へー、なーんだ。てっきり、シャビとかデコかと思ったのに」
そんな落胆の視線を集めるチアゴ・アルカンタラのユニ。
僕はこれが欲しかったの…!
「いいじゃんか別に……」
「んー、まあ良いんだけどさ、どうせ最後はバイエルンが勝つって思うと、なんか面白くないなーって思っちゃうんだよね」
「そ、それは選手やチームに失礼じゃないか…?」
「そうなんだけどねー、やっぱり可愛いチームがいいじゃん!」
なんだよ、可愛いって。
「たとえばどんなだよ」
「んーそうだなー」
そう虚空を向きながら少し考えた早見は、何かいいことを思いついたかのように僕を見てきた。お目目がぱっちりだ。
嫌な予感しかしない。
「実はさ、私もこのシャツの下に、ユニ着てるんだよね」
「は、はい!?」
これはさすがに動揺する。
おいマジか。
こんな狂ってること、世界で僕しかやってない自信があったのに。
ギネス申請でもしようと思ったんだが。
「ねえ……見たい……?」
「え……」
ちょっと待てちょっと待て。
何を僕は緊張<期待>してるんだ。
ユニ着てるに決まってるだろ。
そうだろきっと。
……いやこいつのことだから、僕をからかって……
僕の緊張が高まる。
「どう?見たい?」
「ゆ、ユニだろ。別に見せたいなら、見てやってもいいよ……」
見たいですって言えよ!僕!
「でももしかしたら、私の勘違いで、ユニ着てないかも……そしたら、すぎっちに全部見られちゃうね……」
なななななななななななななななんですと!!!!!!!!???????
いや待て待て待て待て待て待てシマオマテ。
そんな着てるか着てないかなんて分かるもんだろ普通。
……ほ、本当に……?
「でもすぎっちだったら、見られちゃってもいいや……」
そう言うと、早見がボタンを第一ボタン外し、すでに第二ボタンに手をかけ始めた。
速い!
ちょっと、こっちの心の準備が…
「さっきも言ったけど、こういうことするの、はじめてなんだからね」
やたら『はじめて』という言葉が脳に焼き付くが気にしない。
気にしたら終わる気がする!気がするだけ!
そんな脳内禅問答をしている間に第三ボタンが外され、第四、第五の攻略戦線へと移行している。
マジヤバイマジヤバイマジヤバイマジヤバイ。
クラスメイトの、女子高生のその、あられのない、し、し、し、し、し、し下着姿をこんな、こ、こ、こ、こんな形で見ていいのか。
倫理的に、道徳的にどうなのか。
いやでも、こいつは、その、なんというか、あまり気にはしていなかったのだけれど、よく見ると他の子と違って、比喩表現を用いるとその……
デカい。
頼むユニを着てないでくれ。
頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む。
「あ、全部、外れちゃったね……」
僕の心臓が人生で一番血流を流しているせいで痛い。
もう死ぬかもしれない。
いや、死んだってかまわないかもしれない。
そしてついに、シャツが…!シャツが…!
「じゃーん!どう?あの有名なマリオ・バロテッリが着用した『Why always me?』Tシャツ!」
目の前に広がる水色のシャツ。水平線で笑う悪童。
僕は、これまで生きてきたなかで一番の平穏を得た。
神に感謝したい気持ちだ。
「ん?ねえねえどうどう?似合うでしょう?親戚のおじさんにもらっちゃったんだよねー。すぎっちも喜ぶかと思って」
「……ん、ああ、そうだな。似合ってる似合ってる」
「あれ?あんまり好きくなかったかな?あ、もしかして、すぎっちったら、私の裸が見れると思ってた?キャーすぎっちのヘンターイ!」
キャッキャッと喜ぶ早見を横目に、僕は落胆と自己嫌悪のすべてが渦巻いた。
なんということだ。
またこいつに、遊ばれてしまった。
僕の体をまたこいつに……
「そんなにがっかりしないでよすぎっち。謝るって、期待させちゃって」
「別に期待なんかしてねーよ!!泣」
「強がんなくていいよ?だって、すぎっち、私がシャツ脱ごうとしてるとこガン見してたもん」
ブゥーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
心のなかで毒切りを吹いた。
死にたい。
マジで死にたい。
隣の席の女の子に手玉に取られたあげく、僕の心のすべてを読まれてるなんて。
もうお嫁にいけない。
そんな羞恥心の塊になった僕に、早見は耳元で囁いた。
世界中で、僕にしか聞こえないような声で。
「……でも、これの下、『着けてない』んだ」
「!!!???」
僕の心臓は、まるでジェットコースーターのように遊ばれている。
なんで、いつも、僕なんだ?
「ねえ…見たい……?」
僕は、こいつが、
「だーめ♪」
苦手だ。
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