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ある探偵小説マニアの日記(その15)by真田啓介

【以下にご紹介するのは、「探偵小説の愉しみ」と題して私が昔書いていたノートの記事です。今から40年近く前、一人の若者がどんなミステリ・ライフを送っていたか、おなぐさみまでに。】

■ 6/26(承前)
〇神保町ブックセンターの人と話していて得た情報を2、3
・創元カー作品集の揃い、10日程前に売れてしまった。3万8千円。
・六興キャンドルミステリ集めているが(ライノクスは入った)、14冊揃えば4万円位つけたい。
・東都の大系には中島河太郎編の別巻がある。(「世界」の方と勘違いしているのでは?)
・ポケミス600冊、180万円。文字通りの極美本。9月頃分売の予定?

〇行きの列車の中でカーター・ディクスン「赤い鎧戸のかげで」を読みはじめたが、目が非常に疲れていて、90pでストップ。出だしは快調。
 HM文庫近刊予告「眠れるスフィンクス」
 次々に片付けていかないと、未読のものがたまる一方だ。

〇帰ったら市川市のH氏からのリストが届いていた。何となくこの間のHMMの100冊一括1万5千円の余り物整理くさい。目ぼしいものもないようだし、今資金繰りに苦労しているところだから、どうしようかと思っている。
 尼崎のT氏からはまだ返事が来ない。(あまり当選しないように願っている。)

■ 6/29
〇月曜日にT氏から返信あり、36冊、7万円。きょう七十七からおろして送金。職場あて送本依頼。

〇創元全集の残金はきのう送った。7/6(水)自宅あてに送本依頼。

〇ROMバックナンバー注文(27・月)。

〇HMM、ポケミス30周年投稿(28・火)。(「読者論壇」にはどうか?)

〇EQ作品集、おんどりミステリーズ届く。状態まずまず。

■ 7/2
〇きのう神保町ブックセンターから領収書届く。

〇ROMの件で加瀬氏より返信。

〇おんどり「ポンスン事件」井上良夫解説。「ピット・プロップ・シンジケート」読むべし。

■ カーター・ディクスン「赤い鎧戸のかげで」
 今年はじめてのカーだが、読むのに1週間もかかってしまった。1952年の作品。決して駄作ではないが、30年代の諸傑作に比べれば密度の薄さは否定できない。
 猿を彫った鉄の箱を小脇にかかえて犯行に及ぶ怪盗アイアンチェスト(鉄箪笥)の登場ということで、「一角獣」のようなロマンチックな味わいを期待したのだが、カスバという舞台の性格もあってか、「おとぎ話」の雰囲気とは遠かった。それでも異国情緒はよく出ており、ジャン・ギャバンの「望郷」を思い出したりした。
 探偵小説としての趣向を見ると、〇〇〇〇〇〇の箱による「不可能」消失トリックは他愛ないが(絵解き部分で〇〇〇〇〇〇は目くらましであった旨の説明を忘れている)、犯人の意外性はなかなかのもので、伏線も一応ちゃんと張ってあるのは(カーとしては当然のことだろうが)さすがである。
 カー作品では毎度おなじみの〇〇〇〇〇がこの作では2人も出てくるのでちょっと変な感じはしたのだが、タンジールを舞台にしているので〇〇〇〇生れの〇〇〇〇〇〇を登場させざるを得なかったのだろう、と思ったきり気にもとめないでいたのだ。しかしよく考えてみると、これはカーが彼の読者に仕掛けたトリックで、こういうタイプの人間は彼の作品では犯人にはならない、という読者の思い込みを利用した目くらましであったのかもしれない(作者にそのような企みがなかったとしても、結果的にそのような効果をあげている)。ただ、いずれカーはこのタイプの人間を悪人にはしたくないようで、H・Mは彼を〇〇〇〇とともに逃がしてやるのである。(幕切れのモーリーンの言葉によるロビン・フッドへのなぞらえ。)
 終わり近くのボクシングの場面が一つのクライマックスとなっており、相当のページがさかれている。この辺の描写は時代ミステリにおける剣げきを思い出させるが、カーはよほどこういう場面が好きだったのだろう。しかしボクシングというのも、何とも野蛮なスポーツではある。
 この作では他にもカーの好みと「偏見」がかなり露骨に出ている。
 男たちは騎士のようにふるまい、女たちは美しく快活で――
 カーはよほど共産党が嫌いだったようだ。
 また文学の好みも非常に好悪がはげしい。
「やっこさん(G・B・ショー)の自称ユーモアってのは、誰でも知ってはいても、口にするのをはばかっているようなことを、まるで子供みたいにべらべらしゃべりまくっているだけのことにすぎない。」(p.267)
「実に退屈しごくな作家の書いた退屈しごくな小説――『アンナ・カレーニナ』というやつだ」(p.381)
 それから、これはごく基本的なレベルの思想にかかわることで、必ずしも全面的な共感はもてないのだが、
「やれ法だ正義だなんて愚にもつかぬたわごとを持ち出すな。そんなものは、われわれが自分で出ていって手にいれぬかぎり、絶対に存在しないってことは、お互い承知の上だろ。」(p.398)
ところが自分はその辺のところを充分承知してはおらぬのである。次のようなH・Mのセリフも困ったものだと思う。
「……まあ帳簿をちょろまかしたり税金をごまかしたりするのと同じようなものさ。この三つ、どれをとっても、立派にフェアー・ゲームでね」(p.397)
 あるいは、H・Mの盗みや殺人!(p.308)
 いかに娯楽読み物とはいえ(むしろそれだからこそ)、もう少し節度があってもよさそうなものだが。こんなことに目クジラ立てるのも大人げないとは思うけれど――。
 ビル・ベントリーは将来ユーモア作家論を書く予定のようだが、カー自身のユーモア感覚はどんなものだろうか。少なくともこの作品においては、あまり洗練された形では表われていないようである。たとえば狂言回しの役どころのシェルバッキイ伯爵夫人の大げさな物言いなどは、笑いを誘う上であまり成功していない。
「連続自殺事件」におけるような痛快なスラプスティックも書けるのだから、カーにユーモアの才がないとは決して思わないが、本書をはじめ後期のH・M物にはややわざとらしさが鼻につくようなところがないでもない。
 最後にH・Mの名探偵批判を引用しておく。
「わしは謎を解いていながら、警察に言うのは惜しいってわけで、そこらじゅう死骸だらけにしちまうような白痴(こけ)とは違うぞ。やつらの名人気取りのせいで、殺されないでいい連中までがばっさりやられているんだ。」(p.127)

■ 7/4
 Tくんから東都世界推理小説大系のうち「スタウト/ブッシュ」の巻をちょうだいする。ブッシュの「完全殺人事件」「のどを切られた死体」の2長篇と、スタウトの中編「破傷風殺人事件」(箱には「牧場殺人事件」とある?)。「のどを切られた――」は別冊宝石にもあったか?
「匣の中の失楽」、見かけたら買っておくこと。

 HM文庫「シャーロック・ホームズのライヴァルたち①」購入。名前も知らなかった人たちの作がズラリ並んでいる。「ユージェーヌ・ヴァルモンの勝利」は昨秋Remploy社から復刻版が出たとのこと。

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