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ある探偵小説マニアの日記(その12)by真田啓介

【以下にご紹介するのは、「探偵小説の愉しみ」と題して私が昔書いていたノートの記事です。今から40年近く前、一人の若者がどんなミステリ・ライフを送っていたか、おなぐさみまでに。】

■ 3/27
〇O氏より本届く。
「死の扉」カバーなし、表紙痛み。「Xにたいする逮捕状」中割れ。他は状態良好。「X――」と「名探偵は死なず」は新書版であった。
「X――」はのっけからチェスタトンの名が出てくる。傑作の予感。4/2~3の連休にでもゆっくり読みたい。
 今回は(も)少し値を張りすぎた感じ。送料差額切手150円同封。

〇E氏よりドイル伝、ホームズ伝届く。
 ホームズ伝はもとBritish Councilの蔵書。ハードカバーの洋書は造りが立派だ。礼のハガキ出す。

〇ペンギン「ブラウン神父」の残り3冊届く。
 InnocenceとScandalが英版、Secret米版。
 コリンズ社、ゴランツ社等の目録注文してはどうか?

〇W氏より「期待と名づける」、「D坂の殺人」ちょうだいする。

〇H氏より返信。
「十二人の評決」5,500「九尾の猫」3,500「死の扉」3,500「ラインハート&ペンティコースト」3,500「毒殺魔」8,500
 24,500+送料500  明日送金すべし

■ 今月号のEQにのったバークリー「白い蝶」を読む。
 あっさりした短編ながら、ラスト1頁で二重、三重、四重(あるいは五重?)のどんでん返しがある。五重というのは、蝶は夜飛ばないはずだから――。
 いかにもバークリーらしい、ひねりのきいた作品である。
(HMMの次号予告、バークリーのパロディがのるもよう。この調子で長編分載にも取り上げてくれぬものか。)

■ 4/2
〇H氏より本届く。「毒殺魔」「十二人の評決」は状態良好、「ラインハート――」は可、「九尾の猫」「死の扉」はよくない。

〇エム企画からハガキ。
「鉄の舌」、「名探偵は死なず」、ウッドハウス「恋の禁煙」
(ポケミス)「ブラウン神父の懐疑」、「――醜聞」、「伯母殺し」、「名探偵登場④」、「喪服のランデヴー」、「毒」、「チムニーズ館の秘密」、「アリバイ」、「時の娘」、「螺旋階段」、「陸橋殺人事件」(初美7,000)
 個人取引より安く手にはいる。
「私刑」、「ポンド氏の逆説」、「第四の郵便屋」の美本を逸したのは残念。

 きょうはフィリップ・マクドナルド「Xにたいする逮捕状」を読もうかと思っていたが、予定を変えてプラトンの「ピレボス」を読む。できれば明日軽いミステリを1冊。「X――」はまたの楽しみに。

■ 4/3 ロバート・L・フィッシュ「お熱い殺人」
〈殺人同盟〉シリーズの第2作。前作同様英国風のユーモアとウイットに富んだ快作で、大いに楽しめた。皮肉をきかせたプロットの冴えは前作にまさる。
 ただ、正面切った本格ミステリではないから、ミステリのロジックの部分がいささかシュロック・ホームズ流であるのはやむを得まい。それでも、被害者の胸の刺し傷は〇〇であったのだから(p130)、パーシヴァル・ピュー卿によるマックスウェル・カーペンター氏の弁護はかなり苦しく聞こえる。
 船中の〇〇〇〇カードに〇〇〇〇〇〇トリックは、パーシヴァル・ワイルドの「堕天使の冒険」から借用したものか。

■ 4/24
〇エム企画から本届いたが、状態はあまり良くない。

〇別冊宝石を整理してみたら、「世界探偵小説全集」は53巻まですべて揃っている。54巻以降が出ていないとすれば完全蒐集ということになる。
 ダブリが30冊くらいある。「九人と死人で十人だ」とかH・H・ホームズ、ロースンといったあたりは交換用に使えるかもしれない。

〇創元推理文庫のカー短編全集5「黒い塔の恐怖」がやっと出た。内容の充実ぶりもさることながら、うれしいのがオビの近刊予告。P・マクドナルド「ゲスリン最後の事件」。
 小林晋氏の例の論稿にあたってみると、ゲスリン大佐登場の最後の作品は「The List of Adrian Messenger」(1959)となっているから、この作品の翻訳かと思われる。小林氏の評価では「鑢」、「Xにたいする逮捕状」と並んでベスト・スリーの一つに数えられているが、「ダイイング・メッセージの部分が翻訳困難であろう」とある。
「黒い塔――」のカー書誌の中では、チェスタトン編「探偵小説の世紀」というのが近刊予告されている(「青銅ランプ」も)。

〇シャーロック・ホームズ全集、21巻が出てようやく完結した。ホームズ関係文献のリストが非常な労作で、完璧に近いと思われるが、完璧ではないようだ。

〇創元推理文庫の新刊案内についていた「紙魚の手帖」らんが紙面拡張して、小さな新聞(?)のような体裁になった。投稿でもしてみようか。

■ HM文庫の「エドガー賞全集」(上・下)を買ったのがきっかけで、EQ2号に翻訳がのったワーナー・ロウ「世界を騙った男」を読んだ。ちょっとミステリとは言いにくいが、とにかく面白い小説である。サマセット・モームまで登場してやたらとカンシャクを起こすのだ(起こさない方が不思議だが)。しかしこの作品、アメリカ式ホラ話とは違って、筆にまかせて気の向くままに書き上げられたものではない。何をどんな順序で書くか、作者の冷静な計算が巧みな構成の形をとり、しかも一見してそれを感じさせない。ミステリではないが、ミステリの骨法を充分ふまえた作品である。

 これを読んだのがきっかけで、EQの「ビッグ・ボーナス」としてのった中編を片端から読んでやろうと思ったのだが、グルーバー「ソングライターの死」、ウールリッチ「死のミラードア」と読んでそれほど感心しなかったので、やめてしまった。
 ただ、トマス・ウォルシュ「最後のチャンス」は、これもミステリではないが、心に残る作品である。

 転じて「エドガー賞全集」に戻り、クイーンとアイリッシュの作品を読んだ。「気ちがいお茶会」は乱歩編の「世界短編傑作集」に採られているので読んでいる筈だが、すっかり忘れてしまっていた。何故鏡に電光時計が写らなかったのか、この問いに対する答えがミソで、この辺はやはりクイーンである。ただ「アリス」を読んでいないと、「姿見の向こうに」導かれる面白さが今ひとつピンとこない。
「晩さん後の筋書」、イントロの、エレベーターに各階から人が乗ってくる場面は、映画的な手法と思われる。「解毒剤」というあたりを読んで、むかし読んだ「おそ松くん」の一編を思い出した。赤塚不二夫もこの作品を読んでいたのだろうか。
 それとブロックマン「なまず物語」も読んだが、とくに光る部分がないので、あまり印象に残らない。


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