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ある探偵小説マニアの日記(その2)by真田啓介

【以下にご紹介するのは、「探偵小説の愉しみ」と題して私が昔書いていたノートの記事です。今から40年近く前、一人の若者がどんなミステリ・ライフを送っていたか、おなぐさみまでに。】

■ 7/15、T氏より宅急便届く。
(創元推小全集)デ・ラ・トア「消えたエリザベス」イネス「学長の死」エリオット・ポール「ルーヴルの怪事件」アン・オースチン「おうむの復讐」
(ポケミス)カー「曲った蝶番」スターリング「一日の悪」クロフツ「スターベル事件」
(東都全集)オルツィー/メースン、フリーマン/ウォーレス「正義の四人」、フレッチャー「ミドル・テンプルの殺人」/ベントリー
 カミ「名探偵オルメス」ガボリオ「ルルージュ事件」
 高木彬光「随筆探偵小説」小酒井不木「恋愛曲線」
 別冊EQMM2冊  計16冊で39,600円
 箱のつぶれたものを「美本」などと称するのは、どうかと思われる。「一日の悪」と「スターベル」はダブってしまった。ひどく高い買物をした気もするし、こんなところだろうという気分でもある。(10/10追記 現時点の印象では、これはひどく安い。)

■ クレイグ・ライス「素晴らしき犯罪」
 犯人は〇〇、動機は〇〇、筋立ては( 略 )
この〇〇の移動によって謎が構成される。
 例によって、酒とドタバタの間に何が何だかわからないままで物語が運ばれていくのだが、結末に至ってパズルの各片が収まるべきところに収まり、意外にスッキリした構成が見えてくるのは、メイン・プロットがしっかりしているせいなのだろう。
「道化の面白さ」はもちろん随所に見られるが、「大はずれ殺人事件」の方がもっと笑わせてくれたような気がする。これは精神状態があまり芳しいものではないという当方の事情によるものか。しかしそれだからこそ、「取っておきの良薬」としてライスに手を伸ばしたりもするのである。
 原題Having Wonderful Crimeは、Having Wonderful Timeのもじりか。一応の満足を得られる作品であることはまちがいない。 (7/24)

■ 映画「獄門島」を見る
 市川崑監督、石坂金田一、東宝作品。
 原作と犯人が違っている。
 おどろおどろしさを伝えんがための不必要な描写が多すぎる。つりがねが落ちて〇〇の首が飛ぶシーンなどは不快でしかない。
 いつものことながら、本格ミステリは映画にならない。ミステリ映画としては、やはり「第三の男」あたりが最高の作品だろう。しかるに、「第三の男」の良さは、そのミステリとしての部分にあるのではない。
石坂探偵のしゃべり方、何ともわざとらしくてよくない。ピーター扮するところの鵜飼は、感じが出ていた。しかし声が太すぎる。 (7/30)

■ ミステリマガジン9月号の〈掲示板〉から――
 板橋区Y氏より 「名探偵ナポレオン」4,100円 「オシリスの眼」2,100 「電話の声」6,100 「バトラー弁護に立つ」7,500 「青銅ランプの呪」12,500  /33,000
 福生市T氏より 「雪の上の血」6,100 「レディ・キラー」3,100 「二輪馬車の謎」3,100 「私のすべては一人の男」5,100 「海外探偵小説・作家と作品」20,100  /37,500

■ アイザック・アシモフ「裸の太陽」
 イライジャ・ベイリとR・ダニール・オリヴォーの第二探偵譚。
 先日東京で買ってきた、昭和33年講談社発行の新書(よりやや大きい)版の本。「裸の太陽」はハヤカワのSFシリーズでしか出ていないものと思っていたから、古書会館の一隅でこの本を見つけたときは、一瞬奇異な感じがしたことだった。
 もちろん、アシモフのことだから、期待にたがわぬ秀作である。この作は、「鋼鉄都市」と同じ枠組みながら、より本格ミステリの味の濃いものであるという予備知識があった(本書の解説から。目次を見てもそれはうかがえる)から、そのつもりで読んでいったが、たしかにそう言って間違いはないのだが、作品の重心はやはり前作と同じくSFとしての部分にあるというべきだろう。題名の「裸の太陽」じたい、ミステリの謎ときに関係があるわけではなく、SF的背景に関わりがあるのである。背景というよりも、それは主人公イライジャ・ベイリの心の変化を象徴する役割を果たしているのだから、むしろ前景というべきか。
 この作品はあくまで、SFであり、ミステリであり、いわゆるエンタテインメントであるわけだが、読後の印象は並の「純文学」以上に重い。それは哲学の基本的問題にふれる部分があるためだろう。
 暗くはない。むしろ光に満ちている。しかし、静かである。寒くはない。あたたかい。しかし、動きはない。静かなのである。日曜の午後の、おだやかな疲れと、空しさ。
 人間にとって幸福とは何か。プラトンの理想国家はほんとうに幸福なのか。人間に完璧な幸福は可能なのか。繁栄のきわみは、死に近い生なのか。何かそのような、やりきれない思いに誘われるのである。 (8/16)

■ ダイイング・メッセージ。 しかし、被害者はメッセージを残せた筈がない。という趣向はいかがか。

■ パズル。組合せ。ひねり。 平凡な筋立てでいい。ちょっとしたひねりがあれば。

■ 動機、新作が読めなくなる。 そのために命を助け、そのために殺す。

■ 8/21 指定休日を利用して日帰りで(Q切符使用)神田に行ってきた。もちろんお目当ては、神保町ブックセンターのポケミスのコーナー。しかし、わざわざ汽車賃をかけて行っただけのことはなかった。コレという本がなかったほかに、状態、値段が適当でないものが多く、結局買ってきたのは9冊(17,500円)にとどまった。
・シモンズ「二月三十一日」 ・ドッヂ「泥棒成金」 ・ウィット・マスタースン「黒い罠」(以上、神ブックセンター)
・カー「予言殺人事件」 ・クイーン「トランプ殺人事件」(以上、東京泰文社)
・カー「夜歩く」(昭5 天人社 怪奇密封版) ・乱歩編「怪奇小説傑作集Ⅰ」(創元全集) ・大下宇陀児自選短編集「凧」(早川書房) ・吉行淳之介「紳士放浪記」(以上、古書会館)
 唯一収穫といえるのは、カー「夜歩く」の初版本か。状態並、3,000円。「怪奇密封版」というが、どこがどう密封されていたのか、よくわからない。
 宇陀児の短編集は、保存状態は良好なのだが、終戦直後の出版なので紙質がヒドい。早川書房というのは、今あるところの早川書房なのだろうか。とすれば妙な取り合わせだ。
 泰文社には、創元のクライム・クラブがけっこうあったが、現在文庫で出ているものも一律に2,500円。ポケミスに比べれば安いものだが。
 ポケミスのカーは、品切本ではなくとも6,000円を下回ることはないようだ。8,000~9,000円のものがざらである。どうしたわけか、「バトラー弁護に立つ」の美本が6,500円と安かった。Y氏から7,500円で落札したばかりなので、気分がよくない。これで状態の悪い本が来たりしたら、ほんとに困ったものだ。
 マルコ・ペイジ「古書殺人事件」は、ボロボロの本が12,000円。なかなか良い表紙絵の本である。

■ 行き帰りの車中で、クリスティー「シタフォードの謎」を読んだ。しかしこれ、かんじんのトリックを知っていた。はっきり書いてあったのではないような気がするが、何かの解説の類(追記、坂口安吾の推理小説論)を読んで「シタフォード」のトリックは〇〇〇なのだということが頭に入ってしまっていたらしい。そのことを忘れている状態で読み始めたのだが、途中、ごく早い段階で思い出してしまった。
 したがって、読後の印象はかなり点の低いものになっているのだが、その点を割り引いて考えても、この作品、それほどすぐれた出来栄えとは思えない。坂口安吾はこれを激賞し、乱歩のベストにも入っているのだが、どうもその辺納得できない。トリック自体大したものではないし、その他の部分にも工夫をこらしたあとは見えない。大体、すぐれた作品ならば、トリックを知って読んでも十分面白い筈なのだ。
 帰りには怪奇小説も3編読んだが、怪奇小説とはあまり相性がよくないようだ。

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