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ある探偵小説マニアの日記(その8)by真田啓介

【以下にご紹介するのは、「探偵小説の愉しみ」と題して私が昔書いていたノートの記事です。今から40年近く前、一人の若者がどんなミステリ・ライフを送っていたか、おなぐさみまでに。】

■ 11/28 「陸橋」の感想を記してから1か月もたってしまっている。きょうはカーの「青銅ランプの呪」を読んだが、その感想の前に、2、3覚書きを――

〇17~19日北陸出張の帰り名古屋に寄り、古本屋(脇田書店)で昭和4~6年平凡社刊、「世界探偵小説全集」(全20巻)を入手。状態はあまりよくはないが、発行年と値段(1万円、神保町ブックセンターではたしか3万8千円の値をつけていた)を考えれば、それもやむをえまい。内容的には、翻訳はあまり信用できないものの(~乱歩「四十年」)、作品じたいは結構珍しいものが入っている。ルルー「オペラ座の怪」、フリーマン、ウォーレス、オップンハイムetc。
 これと時を同じくして博文館と春陽堂からも全集が出ている。博文館のものはぜひ入手したいと思う。

〇神田の青空古本市(読書週間中)で、ポケミスが671冊190万円で出ていた由(弟からの情報)。

〇ミステリマガジン1月号で、板橋区のY氏が第2弾の処分を広告している。「古書殺人事件」、「ハムレット復讐せよ」、ブランドの諸作etc。また、尼崎市のTという人も、ポケミスを大量処分する由。いずれもリスト送付を依頼済。また金を使ってしまいそうだ。

〇カー短編(全)集「幽霊射手」を買ったら、「紙魚の手帖」らんにズラリ、カーの近刊予告が出ている。曰く、
 12月刊「死時計」(吉田誠一新訳) 1月「亡霊たちの真昼」 2月「黒い塔の恐怖」
 一方HM文庫の近刊予告にも、
「青ひげの花嫁」(「別れた妻たち」の改題?)「騎士の盃」「皇帝のかぎ煙草入れ」(何種類目の翻訳か!)
 ちょっとしたブームといえる。

〇「幽霊射手」の中で「山羊の影」だけ読んだが、気になるところが2点あった。
 1 証言の中「何かの影が見えた」――アンフェアでは?
 2 家の中を歩いていく足音――データの提出おそいのでは?
 トリックは長編に適している(それほどすぐれたものではないが)

■ カーター・ディクスン「青銅ランプの呪」
創元カー作品集12。板橋区のY氏から12,500円で入手した本。
 人間消失テーマの不可能トリックものだが、珍しくトリックを一部見破ってしまったので、あまり感心しなかった。そのことを除いても、カーのものとしてそれほど良い出来とは思えない。
「ランプの呪」は装飾的な意味があるにすぎないことは初めから分っているし、消失の謎もお芝居であることが予想できるので、サスペンスに乏しいのである。
 消失トリックは一応ぬかりなく考えてあるし、伏線もあれこれ張ってあるのだが、トリックの成立がかなりきわどいと思われる。3人が館に着いて、主人公がまず1人中に入った訳だが、「消失」に要するのがごく短い時間であったとしても、あとの2人がその間にドアを開けないという保証はない。また、いくら〇〇〇〇がよくないといっても、何人もの人間にそれと気づかれないでいることは難しいのではないか。マスターズは〇〇を見て気づきそうになったが、そこで気づかなかったのは何とも幸運であったとしか言いようがない。
 このトリックは〇〇〇〇によって「消失」する訳だが、上記「山羊の影」は〇〇〇〇によって「消失」する話であった。探せば他にもこのパターンの作品があるかもしれない。
 いずれにしろ、「人間消失」の謎は、「黄色い部屋」のように付随的に扱われるのであれば格別、それだけでは長編を支えるだけの魅力に乏しいのではないか。というより、「消失」テーマに自分がそれほど魅力を感じない、ということかもしれない。
 そういえば「火刑法廷」の死体消失のトリックにも、あまり奇術じみて感心しなかった記憶があるし、ロースンの「天外消失」も、言われるほど面白い作品とは思えなかった。カーのホームズ・パスティーシュの1編、雨傘とともに消えてしまったフィリモア氏の話にしても、どんな話だったのか、すっかり忘れてしまっている。
 それと、死体が出てこないことも、この作の印象を平板なものにしているかもしれない。以前、ヴァン・ダインのルール中「殺人がなければならない」というのに反対し、「殺人からの解放」を持論としていたのと矛盾するようだが、やはり、乱歩言うよう、探偵小説は殺人者の悪念と孤独が紙背に感じられるものが好ましい、ということなのかもしれない。
 しかし、「陸橋」を初めとして英国本格派の一群の作品を思えば、そう言い切ってしまうことには大きなためらいを覚えるのであるが。この辺が乱歩と井上良夫の探偵小説論争の中心的論点であったことが改めて思い出される。
 導入部のH・Mのドタバタは例によって楽しめる。
 クリストファー(キット)・ファレルというのは、「血に飢えた悪鬼」の主人公と同じ名だが、何か意味があるのだろうか。

■ 12/10 W氏より東都全集「ガボリオ」を入手。2,000円。
ルーファス・キング「青ひげの妻」も譲ってくれるとのこと。
 今週、板橋区のY氏と尼崎のT氏に入札参加及び希望のハガキを送った。全部落札すれば12万くらいかかる。
 ほかに丸善注文分がやはり12万くらいかかりそうで、資金繰りに四苦八苦している。

■ トリックの優劣についての一視点
 密室トリックや消失トリックは、ミステリのトリックとしては(奇術のトリックとしてはいざ知らず)大きなマイナス要素があるのではないか。というのは、それらは「ここにトリックがある」ということを読者に告知してしまうからである。
 対するに、読んでいる時にはそこにトリックがあることには気が付かず、あとで説明されて「ハハア、そうだったか」とうなずかせるようなトリック――たとえば「獄門島」の〇〇〇〇――は、そこに意外性を伴う分だけミステリのトリックとしてすぐれていると言えるのではないか。

■ やるべきこと・やりたいこと
〇「ミステリ・アベニュー」のバックナンバー注文
〇最近の雑誌連載長編リスト
〇「ミステリマガジン」部分索引
〇「幻影城」私註
〇乱歩・井上「探偵小説論争」の分析

■ 12/12 先週、今月のHMMに載ったE・D・ホックの短編「悪しきサマリア人」を読んだ。雑誌の短編はめったに読まないのだが、チェスタトンを探偵役にした作品ということなので目を通してみた。
 これは良くない。こんなものにチェスタトンをかつぎ出されては困る。別にどこといってとりえのない平凡な作品で、チェスタトンが登場せねばならぬ理由などどこにも見当たらないのである。奇想天外なトリックにも逆説にも無縁だし、だいたい無味乾燥な文章じたい、色彩と詩情に富んだチェスタトンの文体とは比べものにならぬ。
 ホックという人は最近(というよりは古いが)の本格派の代表的作家の1人で、作品(短編)もいくつか読んでみたが、どうも面白くない。去年出たポケミスの「密室への招待」も、初めの2、3編を読んだだけでやめてしまっている。

■ 井上良夫にかんして
「探偵小説論争」のほか、乱歩「四十年」のうち、上p182(「陰獣」吟味抄)、下p102
雑誌「幻影城」No.32「探偵小説論」、No.34「探偵小説の本格的興味」

■ 「幻影城」No.53 渡辺和靖評論「犯罪意志によってびっしりと充填された犯罪空間」
~「犯罪者の悪意」の問題

■ 「幻影城」No.52 戸川安宣連載 TAD 〈ミステリ・ライブラリ〉

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