ある探偵小説マニアの日記(その3)by真田啓介
【以下にご紹介するのは、「探偵小説の愉しみ」と題して私が昔書いていたノートの記事です。今から40年近く前、一人の若者がどんなミステリ・ライフを送っていたか、おなぐさみまでに。】
■ 8/22 泡坂妻夫「亜愛一郎の転倒」の第5話~8話までを読む。1~6話は「幻影城」で読んでいたが、5・6話はよく覚えていなかったので、再読してみた。
どれも面白い。本格短編として、まず申し分のない出来である。
4編を続けて読んでみて気付いたのは、5・6話と7・8話の作風の違いである。作風の違いといっても、同じ作者の、同じシリーズの作品のことだから、そんなに際立った相違がある訳ではない。作品の組立て方、ミステリ作法の違いといったらよいか。
5・6話をAグループ、7・8話をBグループとしておくと、Bグループがトリックを中心とし、それに肉をつけていった感じの作品であるのに対し、Aグループの方ははとくにトリックというべきものはなく、話術――いわゆるストーリイテリングという意味ではなしに、ミステリを構成するために何をどういう順序で書いていくべきかという、話の手順といったこと――によって成立している作品である――まあ、ざっとこんな違いがあるような気がする。
そういう目で眺めてみると、これまでの作品もみな、どちらかに色分けできそうである。Aグループの作品としては、長編では「湖底のまつり」、「花嫁のさけび」、短編「DL2号機事件」、「黒い霧」等。Bグループの作品としては、長編「11枚のとらんぷ」、「乱れからくり」、短編「ホロボの神」、「掌上の黄金仮面」等。
しかし、Aグループの作品を成り立たせている話術というのも、その底には「ちょっと変わったものの見方」があるのだし、これも広い意味ではトリックといえる。一方、Bグループの作品のトリックも、その底にあるのはやはり、この一風変わった、奇術的なものの見方なのである。そういう意味では両者の間にハッキリした線を引くことはできないのだけれど、5・6話と7・8話を読んだときの印象が違っていたので、その違いはどこにあるのかを考えてみたのである。
はじめは、執筆時と発表誌の違い(7・8話は「幻影城」廃刊後、「野性時代」に発表されている)かとも思ったのだが、別に発表誌によって同じシリーズ物の作風を変えねばならぬ理由はないから、これまでの作品とも比べて、一応先の仮説のようなものを立ててみたわけである。なお検討の余地はあるが、「泡坂妻夫論」を書くときの一つの材料にはなるだろうと思う。
発表誌といえば、このシリーズが「野性時代」にも書かれていたことは、初めて知った。この先続けて書かれるとすれば、非常に喜ばしいことである。第一短編集「狼狽」ともども、ミステリのお手本のような作品集なのだから。
ただ、この本の装丁――表紙絵は気に入らない。「幻影城」で挿絵を描いていた楢喜八氏の絵が、一番ぴったりするようだ。
■ 8/23 東京のY氏、T氏より本届く。
こういう取り引きで美本を期待するのはやはり間違いのようだ。Fineとあった「二輪馬車の謎」は、小生の基準からすれば並下というのが精一杯というところ。「青銅ランプの呪」と「作家と作品」がまずまずの状態であったのが、かろうじて救いである。
Y氏からは手紙でロースンの「首のない女」「棺のない死体」を探してくれるといってきてくれたので、さっそくお願いしておこうと思う。
それから、エム企画にも、目録の請求を忘れぬよう。
■ ジョン・ディクスン・カー「喉切り隊長」
1955年発表の時代ミステリ。これも久しく絶版だったが、先日HМ文庫で改訳本が出たのでようやく読むことができた。
時代ミステリ中の傑作であるばかりではなく、カーの全作品中でもすぐれた作品の一つであろう。松田道弘氏は「新カー問答」の中で、この作を第一位の作品群の中にあげていたと記憶する。
カーの時代ミステリは、探偵小説と歴史小説(伝奇小説)の融合と言われるが、大方の作品は、探偵小説は枠組みとして使われているだけであって、内容的には歴史小説の要素が大きな部分を占めている。「ニューゲイトの花嫁」しかり、「火よ燃えろ!」「ビロードの悪魔」しかり。
しかしこの作品は、探偵小説的趣向が歴史小説的要素と両々相まって大きな成果をあげており、スパイ小説の味わいさえ加えられている。しかもそうした諸要素が雑然と混合しているのではなく、有機的に結び合って、独特の味わいをかもし出しているのである。
読みながら、「会議は踊る」とか「間諜X27」とかいった類いの映画を見ているような気分になった。実際の話、この作品は映画にしたら成功すると思うのだが。
探偵小説的趣向の第一は、何といっても犯人の意外性にある。さすがのワタシも、まさかアノ人が犯人だとは考えもしませんでした。最後のドタン場になっても、フーシェの手先の〇〇〇〇〇が犯人なのだろうと思ったりしていたのだ。不可能犯罪めいた刺殺のトリックは特にどうということもないが、敵陣内から味方の船に通信を送る手段は面白い。
タイトルもスゴ味があっていいしね。
スケールの大きな、しかもよくまとまった、第一級の探偵小説というべきだろう。
■ 「喉切り隊長」を読んで、あとはカーの重要作品でそう読み残しはないと思うので、この機会に現時点の印象でカーのベストを選んでみる。
1 三つの棺(1935)
2 曲った蝶番(1938)
3 一角獣の怪〈D〉(1935)
4 プレーグ・コートの殺人〈D〉(1934)
5 死人を起す(1937)
6 皇帝の嗅ぎ煙草入れ(1942)
7 緑のカプセルの謎(1939)
8 連続自殺事件(1941)
9 彼が蛇を殺すはずはない〈D〉(1944)
10 喉切り隊長(1955)
まずこんなところか。しかし、カーから10作を選ぶというのは非常につらい。たとえば、「火刑法廷」。人によってはトップに置くだろうが、「三つの棺」や「プレーグ・コート」と同系統の作なので、バラエティを考えてあえて省いた。あるいは、「帽子蒐集狂事件」。乱歩のトップである。あるいは、「赤後家の殺人」、「ユダの窓」。「白い僧院の殺人」や「四つの兇器」といった渋い秀作も捨て難い。やはりカーの場合はベスト20くらいにワクを広げないと。
「喉切り隊長」は、読後の印象生々しく、時代ミステリも一作くらい入れておきたい気持から、10位に入れた。
特に意図したわけではないが、1~5位と6~9位は、それぞれ前に「たんまりした味」、「スッキリした味」という言い方で印象分類したときのグループ分けに対応している。しかし、こうした試みはその時々の気分でずい分結果が変わってくるものだから、あまり意味のあることではないに違いない。 (8/23~24)
■ (8/24記)神保町ブックセンターにあった2つの全集、いずれ買うべし。
〇世界探偵小説全集 20巻(昭5 平凡社)
〇日本探偵小説全集 16巻(昭29 春陽堂)
内容的にはとりたてて見るべきものがないようだが。
次のものも、品切れにならぬうちに買っておくこと。
・白衣の女Ⅰ~Ⅲ(国書刊行会) ・ケイレブ・ウィリアムズ(同) ・アンクル・サイラス上下(創土社) ・バーナビー・ラッジ(集英社?)――手遅れか?
・М・ギルバート「十二夜殺人事件」(集英社?) ・D・ラニアン「野郎どもと女たち」(新書館?) ・チルダーズ「砂洲の謎」(筑摩ロマン文庫) このほかロマン文庫のうちG・グリーンの作品など
・アシモフ「黒後家蜘蛛の会」1・2買換え+3 ・R・ヴィカーズ「百万に一つの偶然」(HPB) ・ケストナー「エミールと探偵たち」(岩波少年) ・シール「プリンス・ザレスキーの事件簿」 ・スーヴェストル-アラン「ファントマ」(早川) ・ステーマン「三人の中の一人」(番町書房) ・デヴィッドスン「モルダウの黒い流れ」(HPB) ・ホーナング「ラッフルズの事件簿」 ・マーカンド「天皇の密偵」(サンケイ出版)→角川文庫
〇HPBのうちアガサ・クリスティーとエラリイ・クイーンの作品全冊
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