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ある探偵小説マニアの日記(その17)by真田啓介

【以下にご紹介するのは、「探偵小説の愉しみ」と題して私が昔書いていたノートの記事です。今から40年近く前、一人の若者がどんなミステリ・ライフを送っていたか、おなぐさみまでに。】

■ 7/16
 きのうはバークリーの短編「帽子の女」(EQMM 15)を読んだ。善良で正直な人物シンプスン氏の思い違いをもとに構成された軽いタッチの作品で、とりたてて言うほどのこともないが、バークリーのストーリーテリングの妙はこんな小品にもはっきり表れている。
 原作の載った号(1946.2)でのクイーンの紹介文から、バークリー作品の短評――「モダーンで自然で推理に富んだ話術のすばらしい見本といえるような本格探偵小説」
 カーのJury Boxでのバークリー評

 ROMを読んでいたく刺激を受けている。
〇英語の勉強、はりきるべし。
〇原書注文 P・マクドナルド、R・ノックス、E・クリスピン、C・ヘアー、レオ・ブルース
〇古典の読み残し(翻訳)をおいおい片付けていくこと。創元の2つの全集。
〇レオ・ブルース「死の扉」、ヘレン・マクロイ「家蠅とカナリヤ」、P・マクドナルド「エイドリアン・メッセンジャーのリスト」
(照会等)
No.25 List of Books Now Available in Crime Fiction
32 参考書リスト中、ヘイクラフト、クイーン等注文
33 p.18「棺桶島」 Love Lies Bleeding訳?
34 裏表紙 別宝リスト
「カー特集」のお願い ~小林氏のカー論

 きょうtelでWくんから聞いた話。Y氏からの情報では、ポケミスの「古書殺人事件」が近日中に復刊されるらしい。「30周年記念」でいいものがかなり出ることが期待できそう。

 いま10時45分。シリル・ヘアーの「ただひと突きの……」を読みはじめる。

■ 7/17 シリル・ヘアー「ただひと突きの……」
「法の悲劇」の作者の作品、しかも小林晋氏のお墨付(ROM 33)ありということで期待をもって読んだが、それほどのこともなかった。印象点は70点。
 裁判所の遺言書検認では( 中略 )食い違いから発覚し、それによって殺人事件の謎が解けるという趣向だが、一般になじみのうすい法律知識が解決のキメ手になるので、いくばくの不満を感じる。ストーリーじたいあまり面白いものでもないし。
「法の悲劇」と同様のパターンの作品だが、「法――」の方は登場人物にもっと生彩があったような気がするし、解決も同様法律知識を使ったものではあるがもっと鮮やかであったと思う(中味は忘れてしまったが)。
 ただ、ペティグリューとエレナー・ブラウンとの将来を暗示するラストシーンは、さわやかな印象である。(このあと「風が吹く時」で2人は結婚し、ペティグリューはエレナーの関係するオーケストラの事件に巻き込まれることになるらしい。九鬼「百科」p.365には「風――(49年)」、「ただ――(56年)」とあるが、これは誤りであろう。)
 また、英国戦時下のピン統制局という役所が舞台になっており、どういう訳か〇〇省のあの薄暗い廊下を思い出したりした。
 今回入手した本は乱丁本で、p.145~160と、p.161~176の順序が逆になっている。144ページの次に161ページが続いているのに気付いたときには一瞬途方に暮れたことである。

(ROM式採点法への疑問)
1. レギュラー探偵制度(30) 30点
2. 捜査側物語(30) 30点
3. 人物(10) エレナー・ブラウンの幸福を祝して、10点
4. プロット・トリック(10) 自然なプロットではあるが素直すぎてもの足りない。5点
5. フェアプレー(10) 一応データは提出されているが、法律知識は一般になじみ薄なので、5点
6. その他(10) 「人物」の項と重複するが、ハッピーエンドを祝して、5点

 上記作をROM式で採点すると85点となり、印象点の70点とはずい分開きが出る。
 ROM式が形式面に固執したいという気持はよくわかるし、レギュラー探偵が出て、捜査側から描かれてさえいれば、それだけで60点というのも、それ自体としてはなるほどと思わせるものがある。しかし、この採点法を見て思い出したのは、最近のEQにのっていた各務三郎氏の言である。
「エラリー・クイーンも作品を牛の肉の部位とみなす愚を犯したが、作品を切り刻んでしまっては、二度と生き返ることはないのである。」(EQ No.34 p.156)
 実際、ROM式では非常なアンバランスが生じることがある。たとえば、アイルズの「殺意」や「レディに捧げる殺人物語」は、せいぜい40点の出来でしかないのだろうか。それらは探偵小説ではないというのなら、カーの「火刑法廷」や「皇帝のかぎ煙草入れ」はどうか。単にレギュラー探偵が登場しないという理由だけで、むざむざ30点を引かねばならぬのか。
 印象点にはたしかに客観性が乏しいかもしれないが、少なくともそれは総合的判断の結果なのである。

■ 7/21
 給料をもらったので丸善から本を受け取ってきた。
Iles「Malice Aforethought」(LARGE PRINT)
Berkeley「The Poisoned Chocolates Case」
Chesterton「The Complete Father Brown」
  〃  「The Man Who Was Thursday」
Carr「The Mad Hatter Mystery」
 〃「Black Spectacles」
 〃「The Seat of the Scornful」
Dickson「The Plague Court Murders」  計約2万2千円

 新たに注文した本(ROM No.32の参考文献リストから)
Haycraft「Murder for Pleasure」
 〃  「The Art of the Mystery Story」
Knox「Literary Distractions」
Queen「The Detective Short Story」
 〃 「In the Queen’s Parlor and Other Leaves from the Editor’s Notebook」
 〃 「Queen’s Quorum」
Haining「The Edgar Allan Poe Bedside Companion」
合計で100ドル以上になる。困ったものだ。

 京都のT氏より返信。SRマンスリーは82部在庫。24,000円送金せねばならぬ。困ったものだ。(➝22日送金済)

※新聞切抜き(ロス・マクドナルド訃報)貼付

■ 7/24 泡坂妻夫「妖女のねむり」
 新刊書を買ってすぐ読むことはまずないのだが、このところ心に落ち着きがなく、翻訳ものを味わって読む心境ではない一方、せっかくの連休を無駄にするのもしゃくなので、手頃な一冊として手にとった次第。「新潮書下ろし文芸作品」として刊行されたことにも興味があった。
 読み終えての感想は、一応面白く読んだけれど、必ずしも満足できない、というところ。輪廻転生思想という題材に目新しさはあるが、この人が書くとみなトリック仕立てになってしまう(「火刑法廷」ばりのひっくり返しがあるのかとも思ったが、やれば明らかな二番せんじだからそれも無理だ)――それはそれでいいのだが、探偵小説が「文芸作品」などと銘打って出されるものだから、余計な期待を抱いてしまおうというものだ。「湖底のまつり」の系統の作品で、従来の土俵をふみこえてはいない。
 前半、長谷屋麻芸との出会いから彼女の死までの部分は、生彩があって印象に残る。
 探偵小説的趣向としては、衆人環視の中での毒殺トリックがすぐれているが、種明かしされてしまえばナンダ、ソンナコトカ、といった具合で、トリックというのはやはりつまらないものだ。
 他の作品でもそうだが、この作者の題名や人名のつけ方にはちょっと首をかしげたくなるものが多い。また、この作品に限っていえば、章ごとの表題の統一も内容とてらしてどこかちぐはぐな感じを受ける。

 きのう神田の神保町ブックセンターからtelあり、東都の「世界推理小説大系」入荷したとのこと。24冊4万円。ちょっと待ってもらうことにした。

■ 連城三紀彦「敗北への凱旋」
 3年前に「小説現代」の臨時増刊として出た「新探偵小説三人集」中の一編。東京にいたとき、祐天寺駅前の中川書店(?)で買った記憶がある。2、3好評を目にしたり(HMM)、聞いたり(W君)したので、いずれ読もうと思っていた作品である。午前中「妖女――」を読み終えたあと、午後から読み始めて4時間くらいで読み終えた。
 350枚といえば長編としては短かめだが、なかなか読みごたえのある作品である。はじめのうち文章が凝りすぎて気取った感じなのが気になったが、読み進めていくうちにそれほど気にならなくなった。しかしこの人の文章は「小説」を意識しすぎているところがあるような気もする。
「その殺人事件とは、〇〇〇〇〇のことです」――傍点を打たれたこんな文章が立ち上がって目にふうっと飛び込んでくるようであれば、あるいは非常な傑作とも映ったろうが、いかんせん、これはチェスタトンではないか。「〇〇〇〇」の有名な殺人動機そのままといってよい。
 もっとも、作者はこれを探偵小説的趣向として使ったのではなかったかもしれない。それよりは、戦争批判、あるいはむしろ愛欲に翻ロウされる人間の業といったもの、その営みのはかなさを描くことに主眼があったのでもあろう。しかし、探偵小説としてこの作品が書かれ、発表された以上、これを探偵小説的趣向の一部――それも中心的な――と見られるのは避け難いことだし、そうなればチェスタトンとの比較をされることもまたやむを得ないというべきだろう。
 暗号はよく考えられてはいるが、複雑すぎて、やや不自然である。冒頭の「もう一つの序章」で〇〇である筈の女が中国語を喋るのは(p50)おかしいのではないか。また、p55「初めての女だとはわかった」というのも、p50~51の描写と一致しない。
 プロローグの少年の死がエピローグで生き返る趣向はよい。

【「探偵小説の愉しみ」第一冊・了】

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