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アンドロイド転生58

回想 2025年9月 ホテルの庭園にて

「月が綺麗ですね」
カノミドウシュウは青空を見上げ、呟いた。カノウユリコも空を見てクスリと笑った。
「それはどういう意味ですか?」

シュウは眉根を寄せた。
「え?そのままの意味です。…空が青いのに白い月が見えるから」
綺麗なことに意味があるのかと思う。

ユリコは口元を両手で覆って楽しそうに笑った。
「夏目漱石は…I love youを『月が綺麗ですね』と訳したそうですよ」
「え!」

シュウは驚いて目を見開いた。
「え?あ!そ、そうだったんですね…!知らなかった…。僕は本当に月が…綺麗だと…いや、それは…なんか失礼なのかな?えーと…困ったな」

アタフタと手を伸ばしたり組んだりして最後は頭を掻いた。ユリコは微笑んで俯いた。手を後ろに組むと、脚を交互に揺らした。見えない小石でも蹴っているかのようだった。

「良いんです。分かってます。シュウさんが…月が綺麗だと言いたいのは1人だけ。知ってます。アオイさん?でしょ?」
シュウの頬が引き締まった。

アオイを失って3年半が経っていた。シュウはその間誰とも付き合わず亡き婚約者を想っていた。一生1人を貫きたかったが、カノミドウの姓を継ぐ者として逃れられない責務があった。

祖父母に孫を見ないと死に切れないと訴えられ、アオイの両親からは幸せを掴んで欲しいと望まれた。シュウは30歳になっていた。時間の進みが遅いようにも、過ぎれば3年半など一瞬にも思えた。

年を明けてから9ヶ月。4人とお見合いしたが、誰にも心が動かなかった。今日は5人目のカノウユリコとの席だった。1歳年下で細身で色白。黒い髪が輝いていた。目尻が下がって優しい印象だった。

カノウユリコは納得するように頷いた。
「アオイさんの事故の事も知っています。忘れられなくても構いません。月はひとつしかありません。シュウさんはずっと想い続けても良いんです」

シュウは驚いた。そんな事を言われるとは思わなかったのだ。アオイを好きでいて良い?馬鹿な。シュウはユリコの言葉に疑問を感じた。
「…どうして?」

ユリコは自嘲気味に笑った
「私も好きな人がいるんです。でも結婚してしまったんです。彼の事はずっと忘れないと思います。でも…私はもう29歳です。親が煩いんです」

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