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アンドロイド転生60

回想 2027年11月

カノミドウシュウは父になった。息子の名前は妻のユリコと相談しタクミに決まった。ユリコとは結婚2年。ちょうど良い頃合いで子宝に恵まれた。30歳で結婚した。お見合い婚だった。

お互いに別に想う人がありながらの、いわゆる契約婚みたいなものだった。それでもひとつ屋根の下で暮らせば情が湧いてきた。ユリコは良い妻だ。波風の立たない穏やかな暮らしだった。

妊娠が分かった時、それが男児だと宣言された時の祖父母と両親の喜びようは尋常ではなかった。そうだろうな。カノミドウを継ぐ者になるのだから。自分自身、父親になるのだと覚悟が生まれた。

タクミが誕生して1週間が経った。母子共に昨日退院してきて、家の中は明るい光に包まれた。人は泣いて産まれるが周囲の人は笑うのだ。それだけ赤子の存在は他者に幸せを与えるらしい。

今日シュウはニカイドウアオイの家に訪れ、家族に子宝の報告をした。アオイの母親は涙ぐんだ。父親は何度も頷いて祝福の言葉を捧げた。弟のミナトもシュウの肩に手を置いて頷いた。

アオイの微笑む遺影に向けて、シュウは手を合わせた。もう彼女との事は終わったのだと言う区切りがついた気持ちだった。人はどんな困難もやがては消化していくものなのだ。

ニカイドウ家から出て直ぐに思い出した。アオイに告白した晩のことを。あの日アオイは合コンでひどく酔って帰ってきた。こんなに酔わせて何をするつもりだったのかと相手の男に怒りを覚えた。

するとアオイは酔った勢いだったのか私の事を好きか?嫌いか?と詰め寄った。思わず抱き締めた。好きに決まってる。ずっとそう思っていたのにその質の違いに気がついて自分でも驚いた。

アオイは妹じゃなかった。いつの頃からか女性だった。ミドリカワマイコに指摘された通りだった。彼女を心から愛した。告白して2年の交際の末クリスマスイブの夜にプロポーズした。

婚約したから、住まいを買った。事故の日。アオイは新居に1人で訪ねた。その帰りに暴走車に跳ねられた。婚約しなければ…新居を買わなければ…アオイは死なずに済んだのだ…。

シュウは頭を振った。たらればの話をしてどうなる?もう過ぎた事だ。アオイは戻って来ないし、僕は別の人と歩む事になり、父になった。妻は母になった。息子は可愛い。

本当に可愛かった。赤ん坊がこんなに愛しい存在なのかと驚く思いだった。自分は家族を守る責任がある。ふと空を見上げた。また青い空に白い月が浮かんでいた。綺麗だ…。

宮沢賢治は、Iloveyouを“月が綺麗”だと訳したらしい。よし。家に帰ったら、妻と息子に伝えよう。僕達の月が綺麗だったって。そうさ。それで良い。シュウの脚に力が漲った。

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