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アンドロイド転生120

2114年3月10日(別れの前日)
タカミザワ邸
 
早咲きの桜の蕾が開いたその朝。モネは12歳の誕生日を迎えた。家には多くの人が訪れ彼女を祝った。モネはいつものように大事にしているネックレスを着けてドレスを纏い光り輝いていた。

アオイもミニ丈のドレスを着ていた。サクラコが贈ってくれたのだ。
「サヤカ。よく似合ってるわよ」
「有難う御座います」

サクラコは向き直って神妙な顔をした。
「サヤカ。モネの事を有難う。とても良い子に育った。あなたのお陰よ。片付けは臨時のアンドロイドに任せてパーティを楽しんでね」

アオイは感激して瞳を潤ませた。なんて優しい主人なのだろう。泣いてはいけない…!パーティを台無しにしてはいけない。慌てて目元を拭った。
「は、はい」

この時代、12歳というのは大きなターニングポイントだ。誕生日の翌日にナニーアンドロイドは卒業となる。またひとつ大人になった証拠。これは人間にとって祝福すべき事だった。

サツキが傍にやって来た。
「サヤカさん。とても良くお似合いです」
2人は見つめ合って微笑んだ。昨日別れの挨拶は済んだ。今日は笑顔を見せ合いたい。

パーティの間アオイは笑みを絶やさなかった。モネには笑顔の自分を覚えていて欲しかった。ムービードローンがモネやアオイの周りを浮遊して録画する。アオイの足跡はそうやって残るのだ。

モネはケーキの蝋燭を吹き消した。その後、周囲を見渡し微笑むと再度息を吸い込んだ。
「皆様、お集まり頂き有難う御座います。とうとう子供から卒業します」

客もサクラコもザイゼンもアオイも何度も頷いた。そうだ。大人になるのだ。モネは続ける。
「感謝の心を忘れずにひとつひとつ丁寧に階段を登りたいです。応援して下さい」

拍手喝采となった。アオイの瞳に知らずに涙が滲んだ。モネとの数々を思い出し胸が締め付けられる。あんなに小さかったモネが立派な言葉を口にするようになった。誇らしかった。

「カー!12年間有難う!」
モネが勢い良く抱き付いた。アオイは驚いた。まさか自分に言葉が向けられるとは思わなかった。
「わ、私の方が感謝の思いで一杯ですよ」

*********

その日の深夜。アオイは最後の夜を自室で過ごしていた。ベッドに横たわり白い天井を見つめた。とうとう明日自分の命は終わるのだ。それはもう覚悟している。悔いなど何もない。

派遣期間の12年を当初は長いと思ったが過ぎてみればあっという間だった。タカミザワ家に訪れたのが昨日の事のように思える。小さな命を抱いて緊張したものだ。その後は愛しき日々だった。

名残惜しいのはシュウとの奇跡の出逢いが一方通行だったこと。もう一度かつての恋人同士として心を通わせたかった。でもこれも仕方がない。打ち明ける為に充分やり切ったのだ。

きっと運命なのだろう。私達は死が2人を分けてしまった。その時点でもう終わっていたのだ。あとはシュウが穏やかに時を過ごしてくれれば良い。シュウちゃん。人生を楽しんでね。

そして…モネ…。彼女を想うと胸が切なくなる。これ程他人に心を寄せれるものなのかと自分に驚いていた。この気持ちはアンドロイドの服従性なのか?と頭を過ぎるが、すぐに打ち消す。

違う。これは心からの情動だ。私は2度目の生でまた愛と喜びを知った。幸せだ。だから後は皆の幸せを祈ろう。そして今度こそ天に召されよう。それで充分だ。アオイの心は澄んでいた。

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