アンドロイド転生969
2119年6月16日
富士山8合目 ロッジ
「行って来ます」
タケルはロッジの裏手に回って声を掛けた。オーナーのオダギリケントは電気系統のパネルをチェックしながら朗らかに笑って頷いた。
彼に見送られてタケルは山道を降り始めた。これから3時間ほどかけて5合目まで行くのだ。物資の調達の為に。帰りは大荷物になるがアンドロイドの強靭な身体は物ともしない。
タケルは振り返ってドーム型ロッジを見た。青い空を背景に絵画のように美しい。日本のどの建物も効率を重視して円形が標準なのだ。転生して19年。そんな景色にもすっかり慣れた。
タケルの顔には満足の色が浮かんでいた。空気は澄んでおり風が心地良い。高山植物が美しい花弁を広げて揺れていた。リズム良く降って行く彼とは逆に多くの人やアンドロイドが登ってくる。
爽やかな季節になり、登山者は日に日に増えてきた。タケルはすれ違う度に笑顔で声を掛けた。相手もにこやかに返してくれる。登山は今も昔も人気のスポーツで幅広い年齢層が楽しんでいる。
タケルは登山客の顔色や表情や仕草をチェックした。体調が優れないかどうか確認するのだ。山は怖い。少しの油断が大事になる。今のところは大丈夫だと安堵する。
タケルは1年前を思い出す。タケルの目の前に情景が浮かんだ。吹雪の夕暮れだった。まさか人が遭難しているなんて思いもしなかった。息があったことにホッとして担ぎ上げた。
何としても助けると誓って雪山を下った。世界は灰色一色で、あの時は本当に大変だった。もう少し遅かったらオーナーの命はなかった。気付いて良かったと心から思う。
(回想 昨年のこと 2118年3月末)
空港でエマと別れた。イギリスに旅立つ彼女を見送った。自分も本当は行きたかった。だが所有者のいない身の上は国外に出る事は叶わなかった。身の切れる思いでエマの幸せを祈った。
エマを陥れた犯人がエリカだと知ってタケルは怒りに燃えた。機能停止(死)するつもりで彼女を襲った。だがそれも叶わなかった。エリカを2度と見たくない。だからホームを去った。
生きる目的も見出せないまま東京にやって来た。街にある無料の電気ステーションで充電をしながら日々を送った。こっそり渋谷の美容院へ行ってみたりした。派遣されていた思い出の場所だ。
経営者のシライシは8年間分歳を重ねていたが変わらず元気そうだった。自分が生きていると知ったら驚くに違いない。タケルはその場から立ち去った。もう2度と会う事はないだろう。
18年前。人間からアンドロイドに輪廻転生してタケルは美容師になった。妹の憧れの職業に就いたのだ。生き甲斐を見出した。技術を高めてコンテストに応募して幾度も優勝した。
けれども所詮は替えの効く存在。人間にとっての都合の良いデバイスなのだ。契約期間を終えてTEラボに戻された。だが廃棄の運命から抗った。逃亡してホームの一員になったのだ。
それから8年間。ホームの泥棒稼業のリーダーとして暗躍していた。富裕層から金品を強奪した。水を得た魚のようにまた生き甲斐を見出した。だがそれにより仲間のトワが犠牲になってしまった。
復讐を誓い、ヤクザと対峙した。アオイの活躍で自分は人を許すことを知った。そして…人を愛することも。色んなことがあったなぁ…と思う。そして…今は1人。恋人も家族もいない。
自分はこの先何を目標に生きていけば良いのだろうといつも自問していたが答えは見つからなかった。だから風の吹くまま思うまま街を歩く。何の予定もない。生き甲斐もなかった。
※エマとの別れのシーンです
※エリカを襲ったシーンです
※ホームを去ったシーンです
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