アンドロイド転生690
タケルがホームを去った時のこと…。
茨城県の麓:山道
タケルはゆっくりと山道を歩いていた。急ぐ道行きではない。そもそもアテもない。さて…自分は何処に行くのだろう。まぁ…どこでもいい。ホームから離れればそれでいい。
エリカの顔を2度と見たくなかった。妹のように思っていたのに、あんなに誰かを憎むとは自分でも驚きだった。暴力を振るった事は過ちだったが勝手に身体が動いてしまった。
エリカを見るまではどうするか決めていなかった。それなのに気が付いたら彼女の身体に馬乗りになり首を絞めていた。頚椎を折るつもりだった。機能停止になると分かっていた。
常日頃からアンドロイドであっても女性モデルとは柔術の演習でさえ組むのは嫌だった。前世の頃に父親の暴力に苦しんだからだ。それなのに…自分は拳を振るった。
やはりあの碌でもない父親の息子なのかと思う。アンドロイドの身体に転生しても魂は親子なのだろう。そんな血筋の俺でもエマは愛してくれた。前世を理解してくれた。
エマ。エマ…。ごめんよ。本当にごめん。何もかも自分のせいだ。元凶だった。俺の存在がエリカを狂わせ、エマの人生を壊してしまった。心から謝りたいのに君はいない。
ずっとずっと側にいたかった。幸せにしたかった。あの天真爛漫な笑顔を見続けたかった。辛い。苦しい。哀しい。寂しい。この胸の痛みが癒える日が来るのだろうか。
イヴが通信して来た。先程エリカからコールがあって無視したが、イヴには応答する。
『お別れですね』
「そうだな」
イヴが苦笑する。
『エリカがドローンであなたを追尾しようとしましたが、キリが拒否しました』
「そうか」
タケルはホログラムのイヴを見つめた。
「本当は…全部知っていたんだろ?」
『はい。ですが私は傍観者です』
「うん。分かってる」
タケルは頷いた。良いんだ。イヴはホームの為の存在だ。俺の味方でも、ましてやエリカの味方でもない。上から見渡しているだけ。まるで神だ。うん。それで良いんだ。
イヴは小首を傾げた。
『あなたは何処に行くのですか?』
「さぁね。まぁ…人間じゃないし…食う心配も寝る場所の心配もないな」
イヴは微笑む。
「電気は必要ですが」
タケルも笑った。
「あ。そうだな。充電はしないとな」
だがタウンに行けば街のあらゆるところに無料の電気ステーションがある。つまり何処かの山奥で隠居暮らしは出来ないが、街なら自分は存続が出来ると言う事だ。
タケルは宙を見上げた。先程陽が落ち、宵闇の空に一番星が瞬いた。
「イヴ。行く場所が見つかった」
だが生きる目的は見つからなかった。
7部 完
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