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アンドロイド転生800

2118年6月19日 午後2時過ぎ
カノミドウ邸:シュウの寝室

アオイはカノミドウ家を訪れた。輪廻転生を信じたモネが計画してくれたのだ。直ぐにシュウの見舞いの約束を取り付けた。たった2日前の事だった。人間の融通さを思い知る。

今、アオイの目の前にはシュウがいる。年齢を重ねた彼は衰えを隠せない。命の終焉が間近だ。それでも瞳の煌めきと優しい眼差しは若い頃と同じだ。アオイの記憶の26歳のままだ。

「シュウちゃん…覚えてる…?今日は…6月19日なんだけど…私達が結婚式を挙げる日だったんだよ?6月の花嫁は幸せになるって言うから…迷信を信じて…その日にしたの」

シュウは微笑んだ。
「覚えているさ」
アオイも微笑む。96年前の事だ。日にちまで本当に覚えているのか怪しいが嬉しかった。

挙式の前に新居は既に決まっており、白金のマンションを買った。アオイ達は何度も訪れて少しずつ荷物を運んだ。ある日アオイは1人で部屋に行った。桜が開花した美しい季節だった。

室内を見て周り、いつか子供部屋にしようと思っている部屋で夢想した。ベビーベッドはここに置いてベビートイはここに吊そうと。若く健康なアオイの夢は膨らむばかりだった。

まさかその帰りに暴走車に撥ねられるとは想像もしなかった。青信号を渡ったアオイに不運が訪れたのだ。直ぐに緊急搬送されたが救命の甲斐なくアオイは死んだ。24歳の春だった。

家族もシュウも嘆きは深かった。そしてアオイ自身も。アオイは自分自身の最期を見ていた。半透明になってオロオロとしていた。だが誰も彼女の存在に気付かなかった。

2日後。自身の葬儀に参列した。誰もが遺影を見つめて泣いていた。アオイも涙を零した。何故…何故?私が…?挙式する筈だったのに。皆が笑顔で自分を見送る筈だったのに。

項垂れているシュウを抱き締めたかった。抱き締めてもらいたかった。なのに彼の瞳はアオイを素通りした。死んでも辛いのに気付いて貰えない事も苦しかった。絶望だった。

「私…自分のお葬式に参列したんだよ。誰も…あなたも気付かなかったけど…。人って魂は生きているんだね。でもそんなの辛くて消えたくなった。そしたら…陽の光に身体が溶けたの」

半透明の身体が光に溶けてキラキラと輝いたのだ。ああ。これで終わるのだとホッとしたものだ。それなのにまた目が覚めた。一瞬で80年を飛び越えた。転生したのだ。

「アンドロイドに生まれ変わるなんてビックリだし…嫌で堪らなかった。神様は本当に意地悪だと思った。それに…知ってる人は誰もいない。家族も…友達も…あなたも…」

アオイの涙に滲んだ瞳が煌めいた。
「でもあなたは生きていた。私はどんなにどんなに嬉しかったか…。今も凄く凄く嬉しいよ。シュウちゃん…逢いたかった…」

シュウが微笑んだ。
「君の魂が生きていて僕もどんなに嬉しいか。来てくれて有難う。本当に有難う」
「うん…。神様は意地悪じゃないかもね」


※生前の幸せだったアオイのシーンです


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