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アンドロイド転生94

2105年10月
車中で

シュウは東屋の事を想起する。あのアンドロイドの…サヤカは次々と古い過去を語り始めた。少年の頃の夏祭りの想い出だ。僕と…アオイと…ミナトと一緒だった。ミナトが転んだんだ…。

『アオイさんが、シュウちゃんのお嫁さんになると決めたのはミナトさんが転んでシュウさんがおぶってくれてその優しさに惹かれたからです』 
確かにミナトをおぶった覚えがある。

それから…ああ、そうだ。アオイの誕生日のぬいぐるみのこと。あれは…アオイが可愛いと喜んだから贈ったんだ。それから…そうそう。ハワイで一緒にダイビングもした。青の世界は本当に美しかった。

次々と出る言葉に驚いた。サヤカは僕がアオイに告白した時に酔って服に吐かれた事も知っていた。あの時は…僕とアオイと…ヒナノもいた。だからヒナノから全部聞いたのだと思った。

ところがヒナノが存命だと知らなかった。ヒナノからの伝聞ではないとすると…では…あのアオイとの想い出を一体誰から聞いたんだ?まさか本当に生まれ変わったとでも?…誰に?

サヤカといつも一緒にいる幼児の事をシュウは思い出した。え?まさか?あの子供に?いや、待て。ケーキだうんちだと幼児そのものだ。あの子がアオイを語るとは思えない。じゃあ誰に…?

おいおい?何を言ってる?馬鹿な…!生まれ変わりなんてある訳がない。そんな事は夢物語だ。人の命も魂も一度だけ。生まれたら死ぬ。それが人間の理。シュウは頭を振って、鼻で笑い自嘲した。

すっかりサヤカのペースにハマってしまったな。全く僕とした事が…。彼女は身体が滅んでも魂は残ると信じていたようだった。もしかしたら宗教的な思想でもインストールされたのかもしれない。

「お祖父様?どうなさったの?心配?」
「ん?ああ」
「お祖母様と仲良しだものね」
アカリはニッコリと微笑んだ。

そうだ。僕には大事な妻がいる。いくらサヤカがアオイの事を語っても、もう自分には過去の話。遠い遠い想い出だ。今はユリコが生きている事が僕にとって重要なのだ。

車内を見渡す。息子夫婦に孫夫婦達。孫のアカリが自分の手を握っている。柔らかな温もりが心地良い。皆口々にユリコの生還を喜び安堵している。ここにしっかりとした現実がある。家族がいる。

「お前達、聞いてくれ。今後、ユリコも僕もいつ何があってもおかしくない状況だ」
「お祖父様。そんな事を言わないで」
アカリが握っている手に力を込めた。

「いや。逃れられない運命だ。でも、お前達いるから僕は幸せだ。これから…迷惑をかけることも多くなってくる。すまんが…宜しく頼むよ」
皆んな力強く頷いた。シュウも頷く。そうさ。過去などどうでも良い。今が大事なんだ。


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