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アンドロイド転生34

回想 2020年3月

アオイは男からウィスキーのグラスを渡された。受け取って口に運んだものの、その匂いで胃から塊が迫り上がってくる。慌てて掌で押さえるが間に合わなかった。男に向かってぶちまけた。

吐瀉物を全身で受けた男は、呆気に取られた。直ぐに顔が強張り怒りに満ちた。
「何するんだよ!てめえ!」
「ご…ごめぇんなさぁい…」

ヒナノは呂律の回らないアオイの手を掴んで勢い良く立ち上がった。荷物を持つとグイグイとアオイを引っ張って出口を目指す。男も立ち上がった。追おうとする男を店員が止めた。

ヒナノは店を出てタクシーを止めた。アオイを押し込んで自分も乗る。アオイの家に到着し、ヒナノが車からアオイを引っ張り出す。丁度玄関からシュウが出てきた。今日は家庭教師の日だった。

シュウは女達を見つめた。
「おかえり。…飲んできたの?」
「ふぁ〜い!合コンしれきました〜!」
アオイの足元がふらついた。

「あんまり飲み過ぎるなよ」
「なによぉ!シュウちゃんに何が分かるゅのよぉ!私の事なんてほっておいてよ〜」
「放っておけないね」

アオイは怒りに駆られた。
「シュウちゃん、私のことなんか好きじゃないんれしょ?私が何したって関係ないれしょ!」
「好きじゃないなんて決めつけるなよ」

「じゃあ!どっち?好き?嫌い?」
アルコールの力がアオイを奮い立たせた。シュウはいきなりアオイを抱き締めた。突然の事で息が止まりそうになる。な、なんで?どうして?

だが自分の吐瀉物の匂いに気が付いて途端に恥ずかしくなった。今すぐここから逃げ出したい。
「離して。離して」
「離さない」

みるみるうちに酔いが覚めてきた。なんで今なの?酔って吐いた時なの?羞恥心でいっぱいになる。こんなシュウの声を初めて聞いた。抱き締められるなんて思いもしなかった。

「離してよ〜」
アオイは泣き出した。嬉しくてたまらない。けれど今じゃない。今じゃないの。もっとちゃんとしてる時が良かった。こんな惨めな自分は嫌だ。

「離さない。アオイのことが好きだ。いや、今まで分からなかった。あんまり近くにいて。でもたった今、分かった。他の男と飲みに行ったって知って悔しくなった。…だからもう行くな」

「シュウちゃ〜ん…」
アオイは涙をポロポロと零した。好き?私のことが好き?本当に?子供の頃からの想い出が蘇る。あの時もこの時も私はシュウが好きだった。

胸がドキドキと高鳴ると思ったら吐き気が込み上げてきた。我慢が出来ない。
「あ。ダメ…!」
シュウに向かって吐き出した。
「うわー!マジか!」

ヒナノが笑い出した。
「今そのタイミングで?アオイ、それ酷過ぎ!」
アオイも何だか楽しくなってきた。
「ごめん。シュウちゃん、ごめんね」

謝りながらアオイも笑いが止まらない。シュウは自分の服を見て眉を下げ困った顔で吹き出した。3人の高らかな声が街中に響いた。玄関が開く。
「何やってるの!あんた達!」
「あ。ママ。大丈夫。笑ってるだけ」

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