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アンドロイド転生127

[2部]

2101年12月28日

タケルは車から降りた。無人車は宙に浮くと音もなく去っていった。先に見えるのは東京駅跡地の広大な慰霊碑群だ。白い壁の慰霊碑は碁盤の目のように500棟が東に向かって建てられている。

彼はゆっくりと歩いた。途中で白い薔薇二輪と蝋燭を買った。慰霊碑に辿り着くと多くの参列者が花や蝋燭を手向け、其々の追悼の場に集まっていた。宙を仰ぎ見ると月冴ゆる美しい空が広がっている。凍てつく寒さで人々は頬を染め白い息を吐いていた。

『東京都八王子市』              目的の地域表示に辿り着いた。慰霊碑の壁面に刻まれた名前を仰ぎ見る。フワミズキ、43歳。フワミチル、13歳。フワタケル、17歳。自分自身の名だ。思わず手が触れる。2040年の今日、タケルは死んだ。第二次関東大震災の被害に遭ったのだ。

夜8時2分。バイクでピザの配達をしていた。腕の携帯から緊急速報が鳴ったが気付かなかった。突然道路が大波のように揺れた。ついで地の底から響き渡るような重低音がして、周囲の景色が歪んだ。

震度9強の地震にハンドルを取られタケルはバイクから放り出された。木の葉が舞うように身体は何度も回転し、ガードレールに胸部が激突した。その衝撃は凄まじく息を吸い込むことが出来ずにのたうち回った。

その間も地面は揺れ、ビルの窓が割れその切っ先を道路に人に突き刺した。車が次々と衝突した。歩道を乗り越え通行人を轢いた。電信柱や木が人々の上に倒れた。道路が裂け車や人が落ちた。

民家が崩れ、マンションやビルが倒壊し、病院や施設が全潰し、ショッピングモールは崩壊した。土煙りが上がり人々の逃げ場を阻んだ。

橋桁が落ちた。高架が折れた。次々と車が落ちた。電車が脱線した。駅舎が潰れた。水道管が折れ道路から噴水のように上がった。

地震は長く228秒揺れた。だがそのたった4分弱で関東平野は壊滅し大多数の命を奪った。間もなく火の手が上がった。ガスが漏れ引火し爆発を起こした。

30分後、湾岸部に最大波高32メートルの津波が逃げ惑う人々に容赦なく襲い掛かった。更に多くの犠牲者を出した。助かった者は僅かだった。

タケルは東京都西部の八王子市で被害に遭った。ガードレールに胸部を強打し、肋骨が4本折れ肺を貫通した。片肺が潰れ瀕死の状態だったが力を振り絞り彼は立ち上がった。

痛みと苦しみを抱えてヨロヨロと歩き出した。家族のいるアパートに向かった。病弱な母、中学1年の妹の安否が気掛かりでならなかった。父親は半年前に愛人と共に蒸発した。行方不明だ。

25分歩いた。途中で血を吐いた。良くない兆候は分かった。命の危険がある事も。それでもタケルは止まらなかった。そして辿り着いた。崩壊したアパートを見て声にならない叫び声を上げた。

その雄叫びで折れた骨が心臓に突き刺さった。激しく咳き込み、血反吐を吐き、身体が崩れ落ちた。涙が溢れ出た。家族を失った悲しみだった。痙攣を起こしその30秒後にタケルは死んだ。

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