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アンドロイド転生126

つくば市の山中

アオイはラボから逃亡し山道をどんどん登った。失敗だった。逃げた先は断崖だった。遥か下降を見下ろし青くなった。振り返ると守衛アンドロイドが微笑んでいる。追い詰められてしまった。

「警告します。直ちにあなたを捕獲します」
アオイは首を横に振った。
「お願い。見逃して。…初期化されたくない。記憶を失いたくないの…!嫌…!絶対に嫌…!」

守衛の瞳はガラス玉のようだった。
「あなたに拒否権はありません。従いなさい」
「だって大事な思い出なの…。それがあるから生きて来られたの。分かるでしょ?思い出よ?」

守衛は全くの無表情で首を傾けた。
「いいえ。それは私達の存在意義とは違います」
「存在意義って何⁈記憶を持ち続けたいと思うことの何がいけないの⁈」
声が荒ぶった。

アオイの腕に赤子が蘇った。
「…赤ちゃんから育てたの…。抱き締めたの…。小さかった…。とっても。それがどんどん大きくなった。泣いて…笑って…私を見つめたの。凄く凄く可愛かった!愛してるの!忘れたくないの!」

ポロポロと涙が落ちた。ああ…。私はいつも泣いてばかりだ。もっともっと強くなりたい。でも…今ここで何をすればいいの?警告音がアオイを苦しめる。ああ。誰かこの音を止めて…!不快でならない。

彼が近付いてくる。その手に掴まれたら逃げきれない。アオイは断崖を背に足踏みをした。何度も谷を振り返った。水はある。深さがあれば助かるかもしれない。でも怖い…!助けて!シュウ!

守衛は躊躇なく進んできた。木々を踏む音が響いた。彼の冷たい目が恐ろしい。アオイの息が荒くなりガタガタと身体が震えた。守衛の手がアオイの肩に触れた。思い切り払い除けた。

守衛はアオイを睨んだ…ように見えた。
「あなたは逃げ出した。これは重大な違反です」
「…私は…私は人間よ!人間の心を持っているの!ホントなの!分かって!」

守衛は呆れたように笑った。
「アンドロイドが人間を語ってはなりません」
再度、彼の手が伸びてくる。アオイの手首を掴もうとしたその瞬間、アオイの手は宙空を裂いた。

脚がよろけた。断崖を飛び出した。背後から引っ張られるように身体が舞った。青い空を見た。風を感じた。浮いたように思えた。すぐに重力に引っ張られ彼女の身体はグングンと谷底に近付いた。

激しい衝撃音がして水面に叩きつけられた。その力は強烈で、まず手脚がもげた。身体が沈み込む。水底の砂利に激しくぶつかる。首が折れた。反動で水面に戻る。また沈み込んだ。

意識はあった。痛みを感じたのかそうでないかは分からなかった。視界が暗くなったり空や緑や水を映したりした。最後に目前に過ぎったのはモネの顔だった。暗転しアオイのCPUが停止した。


1部 完

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