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アンドロイド転生803

2118年6月19日 午後2時過ぎ
カノミドウ邸:シュウの寝室
アオイの視点

トウマがナースに連れ出され、やっとまた2人きりになった。シュウは顔を顰めた。
「アオイ。すまんな。トウマはどうも頭が固い」
「ううん…心配なんだよ」

シュウは苦笑した。
「余計な心配なんだが、あれはあれで信念があるようだ。許してやってくれ」
「分かってる」

アオイは時刻を確認する。見舞いの時間はあと5分もない。それでも良い。どうせいくらあっても足りないのだ。だから良い。奇跡の時間は少ないものだ。長さではない。質だ。

アオイはシュウのベッドの側の椅子に腰掛けて、また彼の手を握った。撫でながらじっと手の甲を見つめた。細かい皺。太い血管が浮いており、所々シミがある。節々が目立っていた。

今度は彼の顔を見つめた。白髪。こけた頬。小皺が刻まれた目の周り。落ち窪んだ目。優れない顔色。ああ。本当に歳を取ったものだ。時の流れをまざまざと実感した。

自分は一瞬で80年を飛び越えてしまったが、彼にとっては様々な出来事があったのだ。ねぇ…?あなたはどんな人生を送ったの?
「シュウちゃん…幸せだった?」

シュウの瞳に迷いはなかった。
「そうだな…アオイとは共に歩めなかったが…恵まれた一生だったよ。うん。本当に」
「良かった…」

「アオイは?」
「うん。寂しかったけど…モネ様をお育て出来て良かった。私…子供が欲しかったし。沢山赤ちゃんを産もうねって…約束したでしょ?」

シュウは遠い目をして頷いた。
「うん…そうだな」
「それは叶わなかったけど…可愛いモネ様と過ごせたし、またあなたに逢えた。幸せだよ」

「終わり良ければ全て良しだ」
シュウは戯けるように笑った。瞳の煌めき。優しい眼差しは昔となんら変わらない。懐かしさにアオイの胸は熱くなった。

2人の出会いは幼少期の頃だった。近隣に住んでおり親同士が親しくなったのだ。富裕層の家族は互いの家でパーティをしたり、共に海外旅行をするほど交流を深めた。

2歳年上のシュウは優しくて面倒見が良かった。アオイと弟のミナトは兄のように彼を慕った。アオイは6歳の花火大会の夜、親達の前でシュウのお嫁さんになると宣言した。

その気持ちが変わる事はなかった。ずっとシュウが好きだった。シュウは大学時代に恋人がいたものの、純粋で一途なアオイが大切だと気がついた。アオイの想いが叶ったのである。

2人は裕福で健康で容姿と頭脳に恵まれた。順風満帆とはまさしく彼らを表していた。そして両親、親戚、友人達に祝福されて晴れて夫婦になる筈だった。アオイは人生の勝者だった。

だが運命は分からないものである。アオイは24歳で死んだ。挙式の予定が葬式になってしまった。無念とはまさしくこの事だ。そしてあろう事かアンドロイドに生まれ変わった。

孤独で堪らなかった。寂しさを抱えて第2の生を歩んだ。だが奇跡が訪れた。長い時を経て2人は再び出逢えたのだ。今…目の前には彼がいる。僅かな時間でも良い。良いのだ。


※花火大会のシーンです



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